北朝鮮金正日による偽札作りの真実 ②
投稿者: gatisimatu226 投稿日時: 2005/10/30 22:12 投稿番号: [101824 / 196466]
早坂勝男さん(24)は宮城県の中学校を卒業後、集団就職で上京。18歳のとき台東区の印刷会社に就職したが、'68年4月に忽然と姿を消した。
「勝男は都合7年間、印刷の仕事に従事していた。印刷工としては熟練の域に達していたと思う。同居していた友人からの電話で、初めていなくなったことを知った。部屋には保険証や預金通帳、印鑑などが残されたままでした」(実兄・小林雄治さん)
熟練印刷工が相次いで失踪したのは60年代後半に集中する。しかし「X」の原型となった"偽造紙幣の革命品"と呼ばれる「スーパーノート」が出現したのは'85年ごろ。北朝鮮で偽ドル製造に関与した経験をもつ学者・鄭大成氏によると、「北朝鮮が大規模な紙幣製造を始めたのは'79年」だという。先の4人が失踪した時期から「ノート」の出現までほぼ20年。
この"空白"は何を意味するのか。元北朝鮮外交官で現在韓国政府の研究機関に勤務する張政浩氏が語る。
「'60年〜'70当時の北朝鮮の技術では精巧な紙幣を偽造するのは無理。偽札を作るために、より高等な技術を"輸入した"と考えるのが自然です。実は、北が核技術をロシアから習得し、独自の技術を磨くのに、20年あまりかかった。紙幣偽造に関しても、研究し、世界水準のレベルに至るまで20年はかかるでしょう。核技術を習得したときは、まず核工場の現場作業員を招き、その後、研究者を呼んで理論を学んだ。日本人印刷関係者が、偽造紙幣製造研究のために拉致された可能性は高いと思います」
張氏の言葉を裏付けるように、現場作業員である印刷工に続いて、研究者も次々と姿を消している。 '70年1月、群馬県安中市の金属精錬会社に勤める亜鉛精錬の研究家・横田道人さん(24)が失踪したのである。
「道人は失踪の数週間前、亜鉛の精錬に関する新技術を開発した。その祝いとして社長から研究資金の提供を受けたばかりだった。失踪するような理由はありません」(義弟・真藤隆夫氏)
横田さんの失踪は大きな話題となり、地元紙は「中国の産業スパイに捕らわれた可能性も」と報道した。が、ここにも北朝鮮の影が窺える。
横田さんの行きつけだった焼肉店には多くの朝鮮総連関係者が出入りしていたのである。
「彼は研究者仲間と店内で技術の核心部分の議論をしていた。店には地元の朝鮮総連地区委員などの幹部がよく顔を見せていました」(元群馬県警捜査官)
ちなみに横田さんの専門である金属精製研究は、前出の鄭氏が「紙幣を偽造する際に最も苦しんだところ」だという。
続いて'73年には千葉大学工業短期大学印刷工学科(現千葉大学工学部)卒業後、千葉市の印刷会社で印刷全体を統括する仕事に従事していた江藤健一さん(20)が失踪。さらに'76年1月には、元インク会社職員・Bさん(33)が行方不明になった。
Bさんは失踪直前、朝鮮語を学び、朝鮮人と頻繁に接触していたという。
「勝男は都合7年間、印刷の仕事に従事していた。印刷工としては熟練の域に達していたと思う。同居していた友人からの電話で、初めていなくなったことを知った。部屋には保険証や預金通帳、印鑑などが残されたままでした」(実兄・小林雄治さん)
熟練印刷工が相次いで失踪したのは60年代後半に集中する。しかし「X」の原型となった"偽造紙幣の革命品"と呼ばれる「スーパーノート」が出現したのは'85年ごろ。北朝鮮で偽ドル製造に関与した経験をもつ学者・鄭大成氏によると、「北朝鮮が大規模な紙幣製造を始めたのは'79年」だという。先の4人が失踪した時期から「ノート」の出現までほぼ20年。
この"空白"は何を意味するのか。元北朝鮮外交官で現在韓国政府の研究機関に勤務する張政浩氏が語る。
「'60年〜'70当時の北朝鮮の技術では精巧な紙幣を偽造するのは無理。偽札を作るために、より高等な技術を"輸入した"と考えるのが自然です。実は、北が核技術をロシアから習得し、独自の技術を磨くのに、20年あまりかかった。紙幣偽造に関しても、研究し、世界水準のレベルに至るまで20年はかかるでしょう。核技術を習得したときは、まず核工場の現場作業員を招き、その後、研究者を呼んで理論を学んだ。日本人印刷関係者が、偽造紙幣製造研究のために拉致された可能性は高いと思います」
張氏の言葉を裏付けるように、現場作業員である印刷工に続いて、研究者も次々と姿を消している。 '70年1月、群馬県安中市の金属精錬会社に勤める亜鉛精錬の研究家・横田道人さん(24)が失踪したのである。
「道人は失踪の数週間前、亜鉛の精錬に関する新技術を開発した。その祝いとして社長から研究資金の提供を受けたばかりだった。失踪するような理由はありません」(義弟・真藤隆夫氏)
横田さんの失踪は大きな話題となり、地元紙は「中国の産業スパイに捕らわれた可能性も」と報道した。が、ここにも北朝鮮の影が窺える。
横田さんの行きつけだった焼肉店には多くの朝鮮総連関係者が出入りしていたのである。
「彼は研究者仲間と店内で技術の核心部分の議論をしていた。店には地元の朝鮮総連地区委員などの幹部がよく顔を見せていました」(元群馬県警捜査官)
ちなみに横田さんの専門である金属精製研究は、前出の鄭氏が「紙幣を偽造する際に最も苦しんだところ」だという。
続いて'73年には千葉大学工業短期大学印刷工学科(現千葉大学工学部)卒業後、千葉市の印刷会社で印刷全体を統括する仕事に従事していた江藤健一さん(20)が失踪。さらに'76年1月には、元インク会社職員・Bさん(33)が行方不明になった。
Bさんは失踪直前、朝鮮語を学び、朝鮮人と頻繁に接触していたという。
これは メッセージ 101823 (gatisimatu226 さん)への返信です.
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