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Re: qoraboyさん、いつになったらまとまる

投稿者: qoraboy 投稿日時: 2005/10/29 17:44 投稿番号: [101709 / 196466]
>qoraboyさん、言葉が足りなくて理解できなかった様なのでもう一度コメントしますね。(質問1)に答えてください。

何回も答えているのに、無視してまでの詭弁か?

>まず、このコメントで質問したかった事は、「天気情報気象図からみて、琉球船は態々釣魚島に立ち寄って大陸へ行くのには無理がある。」のコメントは尖閣が往来の航路として使われていたことを否定しているのです。
  そして、「明朝から倭寇を防ぐために、同島を海上防御海域として指定」のコメントは尖閣が往来航路として使われていた事を肯定しているのです。



当時、弱小な琉球にとっては、航海技術が大陸のより劣って、魚釣島へ逆風で行きにくくてこの限りでない場合あったとしても、歴史の文献には書かれなかった。中国のより古い資料があったら、ぜひとも教えていただきたいのです。
琉球船は大陸に行くのに、釣魚島に態々立ち寄る必要がなかった。彼らは、魚釣島が琉球に所属しないと、数多いの歴史文献が示されてある。

倭寇が、日本本島から追い出されて、仮に彼らは釣魚島のことを知ったとしても、国家意思とは関係なく、追放された身分である以上、あっちこっち巣を築いて生き延びを図って、まったく国家への反逆的な行為であった。

明朝政府は、前期倭寇と後期倭寇に悩まされて、戦略的に積極的に倭寇の退治策を講じ、いかに倭寇の進路と退路を絶てるがため、提示してあげた資料に示されたように順風という天候、地理を利用してきた。

>《2》琉球船は態々釣魚島に立ち寄って大陸へ行く航路が使われていたと考えた方が自然ですよ。当時は、島々を目印にしながら航海しているのだから、中国だけでなく安南・シャムなどへ渡っていたこれらの琉球船も帰路尖閣列島を通っていたことはほぼ間違いないでしょう。


琉球船が釣魚島を経由で大陸行きは回り道だけではなく逆風で、このような馬鹿なことをしなくても直に大陸に行くのが自然である。琉球船は帰路においては、善隣関係にあって、天候を利用して、文献資料に示されたように中国の境を通っても、別に問題にならなかったが。

>   ただ、航路上の目標として、たんに航海日誌や航路図において、あるいは旅情をたたえる漢詩の中に、便宜上に尖閣諸島の島嶼の名をあげているに過ぎないのでしょうね。
  実際にそれらの資料からも琉球から中国への使節団の派遣回数の方が圧倒的に多いことから、尖閣諸島に対する知識も日本人の方が正確であった。


航路としただけではなくて、境とした「溝」と「界」を認識した文献を示してあげた。自国領であるからこそ、「旅情をたたえる漢詩の中」に、多く使われる。

>これに関しては下記を参考にして下さい。

中国は、古文での界、溝を、現代語では「辺境と辺界」という。あなたの提示してくれた参考文章は、まさしく、中国の領土だと言っているが。
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