Re: まとめて?って言っているけど。。。
投稿者: qoraboy 投稿日時: 2005/10/26 11:14 投稿番号: [101382 / 196466]
>これは、「周恩来の1951年声明」が尖閣諸島が中国の領土と主張している声明では無いとあなた自身が認めているんです。又、事実4資料でも判る様に当時尖閣諸島を統治下に置いていたのは日本です。(事実1・・領土の主張していない。)
理解しないようだね。一部では、日本がカイロ宣言を組み込んだボツダム宣言を守るべしとの声明だよ。 カイロ宣言によれば、
「満州、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取した一切の地域を中華民国に返還することにある。
日本国はまた、【暴力及び貪欲】により日本国が略取した【他の一切の地域】から駆逐されなければならない。 」
[新井君美が1719年に発表した『南島志』には、琉球管轄の36の島々が記載されているが、その中には釣魚島がなく、1875年に出版された『府県改正大日本全図』にも釣魚島はない。さらに、清の北洋大臣・李鴻章が1879年に日本と琉球の帰属を交渉した際、中日両国が琉球は36の島でできていると確認しており、そこには釣魚島などの島々は含まれていない。 ]
カイロ宣言:
[ルーズヴェルト大統領、蒋介石大元帥及びチャーチル総理大臣は、各自の軍事及び外交顧問とともに北アフリカにおいて会議を終了し、左の一般的声明を発した。
各軍事使節は、日本国に対する将来の軍事行動を協定した。
三大同盟国は、海路、陸路及び空路によって、その野蛮な敵国に対し仮借のない弾圧を加える決意を表明した。この弾圧は増大しつつある。
三大同盟国は、日本国の侵略を制止し、かつ、これを罰するために、今回の戦争をしているのである。
右の同盟国は、自国のために何の利益も要求するものではない。また、領土拡張の念を有するものではない。
右の同盟国の目的は、日本国から、1914年の第一次世界戦争の開始以後において日本国が奪取し又は占領した太平洋における一切の島しょを剥奪すること、並びに満州、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取した一切の地域を中華民国に返還することにある。
日本国はまた、暴力及び貪欲により日本国が略取した他の一切の地域から駆逐されなければならない。
前記の三大国は、朝鮮の人民の奴隸状態に留意し、朝鮮を自由かつ独立のものにする決意を有する。
右の目的をもって、右の三同盟国は、同盟諸国の中で日本国と交戦中の諸国と協調し、日本国の無条件降伏をするのに必要な、重大かつ長期の行動を続行する。 ]
>日本では『1885年以降日本政府が再三の現地調査を行い、無人島であることや、清国の支配が及んでいる痕跡がないことを確認した上で、1895年1月14日に、現地に標杭を建設する旨の閣議決定を行って、正式に我が国の領土に編入することとしたもの』と説明されています。』(事実3・・既に日本が領土の主張していた。)
貪欲によって、盗みとったこと。再三の調査を行ったと言っているようだが、中国はそこを明朝から海域防御地域と指定した。日本はその事実を知りながら、国際法に従って公表すらできなかった。
日本は、1969年当たり、石油資源を見つけて慌しく初めて世界に公表し、対して、中国はまた、反対声明を出した。
>そして、華民国9年(1920年、大正9年)5月20日には、尖閣諸島を「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島」と明記し公印が押された当時の中国政府が感謝状を贈っている事実。これは、当時の中国政府が日本の領土と認めていなければ存在しないものです。(事実4・・当時の中国政府が日本領と認めていた。)
日本が【暴力】にて台湾でさえ奪ってしまう。ようするに中国政府は台湾が日本領と認めたぐらい。
>貴方の云っている「ボツダム宣言、カイロ宣言、周恩来の1951年声明」では尖閣諸島については書かれていませんのでこの議論に関係ある資料とは云えません。
どう資料の周辺については、あなたが見えていないからそう思われるだけのことだ。
清国からあらゆる【暴力、武力、貪欲、盗み取った】「一切の領域」を中国に返還しなければいけないとはっきり書いているよ。
数々の資料に照らせば、釣魚島が中国の所有であることを示している。
また、ボツダム宣言によれば
「八 カイロ宣言の条項は履行され、また、日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国並びにわれらが決定する諸小島に局限される。 」
理解しないようだね。一部では、日本がカイロ宣言を組み込んだボツダム宣言を守るべしとの声明だよ。 カイロ宣言によれば、
「満州、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取した一切の地域を中華民国に返還することにある。
日本国はまた、【暴力及び貪欲】により日本国が略取した【他の一切の地域】から駆逐されなければならない。 」
[新井君美が1719年に発表した『南島志』には、琉球管轄の36の島々が記載されているが、その中には釣魚島がなく、1875年に出版された『府県改正大日本全図』にも釣魚島はない。さらに、清の北洋大臣・李鴻章が1879年に日本と琉球の帰属を交渉した際、中日両国が琉球は36の島でできていると確認しており、そこには釣魚島などの島々は含まれていない。 ]
カイロ宣言:
[ルーズヴェルト大統領、蒋介石大元帥及びチャーチル総理大臣は、各自の軍事及び外交顧問とともに北アフリカにおいて会議を終了し、左の一般的声明を発した。
各軍事使節は、日本国に対する将来の軍事行動を協定した。
三大同盟国は、海路、陸路及び空路によって、その野蛮な敵国に対し仮借のない弾圧を加える決意を表明した。この弾圧は増大しつつある。
三大同盟国は、日本国の侵略を制止し、かつ、これを罰するために、今回の戦争をしているのである。
右の同盟国は、自国のために何の利益も要求するものではない。また、領土拡張の念を有するものではない。
右の同盟国の目的は、日本国から、1914年の第一次世界戦争の開始以後において日本国が奪取し又は占領した太平洋における一切の島しょを剥奪すること、並びに満州、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取した一切の地域を中華民国に返還することにある。
日本国はまた、暴力及び貪欲により日本国が略取した他の一切の地域から駆逐されなければならない。
前記の三大国は、朝鮮の人民の奴隸状態に留意し、朝鮮を自由かつ独立のものにする決意を有する。
右の目的をもって、右の三同盟国は、同盟諸国の中で日本国と交戦中の諸国と協調し、日本国の無条件降伏をするのに必要な、重大かつ長期の行動を続行する。 ]
>日本では『1885年以降日本政府が再三の現地調査を行い、無人島であることや、清国の支配が及んでいる痕跡がないことを確認した上で、1895年1月14日に、現地に標杭を建設する旨の閣議決定を行って、正式に我が国の領土に編入することとしたもの』と説明されています。』(事実3・・既に日本が領土の主張していた。)
貪欲によって、盗みとったこと。再三の調査を行ったと言っているようだが、中国はそこを明朝から海域防御地域と指定した。日本はその事実を知りながら、国際法に従って公表すらできなかった。
日本は、1969年当たり、石油資源を見つけて慌しく初めて世界に公表し、対して、中国はまた、反対声明を出した。
>そして、華民国9年(1920年、大正9年)5月20日には、尖閣諸島を「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島」と明記し公印が押された当時の中国政府が感謝状を贈っている事実。これは、当時の中国政府が日本の領土と認めていなければ存在しないものです。(事実4・・当時の中国政府が日本領と認めていた。)
日本が【暴力】にて台湾でさえ奪ってしまう。ようするに中国政府は台湾が日本領と認めたぐらい。
>貴方の云っている「ボツダム宣言、カイロ宣言、周恩来の1951年声明」では尖閣諸島については書かれていませんのでこの議論に関係ある資料とは云えません。
どう資料の周辺については、あなたが見えていないからそう思われるだけのことだ。
清国からあらゆる【暴力、武力、貪欲、盗み取った】「一切の領域」を中国に返還しなければいけないとはっきり書いているよ。
数々の資料に照らせば、釣魚島が中国の所有であることを示している。
また、ボツダム宣言によれば
「八 カイロ宣言の条項は履行され、また、日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国並びにわれらが決定する諸小島に局限される。 」
これは メッセージ 101283 (keijiban1234 さん)への返信です.
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