1910年8月26日付けのロシア紙
投稿者: japan_goma2000 投稿日時: 2005/12/19 10:30 投稿番号: [141 / 503]
■併合は極東の繁栄と発展の新たな要素となるだろう
629 :マンセー名無しさん :04/11/16 12:43:12 ID:3PGbA5mf
ロシアの新聞ジュルナル・ド・サン・ペテルスブール紙は、韓国併合条約調印直後の
1910年8月26日付けで、次のような論評を掲げている。
「フランスがアルザス=ロレーヌを失って以来、またとりわけボスニアとヘルツェゴビナが
ハプスブルク王国に組み込まれて以来、『併合』という言葉はおぞましい意味を持ち、
国家間の強盗と同義語になった。だが、朝鮮を日本が掌握することにはこのような
意味合いを持たせることはできず、むしろアルジェリアのフランスへの併合や
イギリスによるエジプトの占領、カフカスあるいはヒヴァ汗国のロシアへの主権移行
などがもたらした恩恵の記憶を喚起するものだ」
「朝鮮は、日本の統治下に入って以来、夢のような変化の道を歩んでいる。
見る見るうちに、広大な鉄道網や電信電話網が敷かれた。公共建築物や工場が
立ち並び、日増しに増え続けている子供達は学校に通っている。農業も盛んに
なっている。輸出は5年で三倍以上になった。財政は、輝かんばかりの状態にある。
港は活気に満ちている。司法制度が改革され、裁判の手続きもヨーロッパの裁判所に
決して引けをとらない・・・この観点に立てば、朝鮮の日本への併合は極東の繁栄と
発展の新たな要素となるだろう」(国際ニュース辞典『外国新聞に見る日本』第4巻)
他国を「取る」ことが“善”とされた時代もある、と筆者は先に論じたが、上記の論評は、
他国の「併合」が「恩恵の記憶」(善のイメージ)から「国家間の強盗」(悪のイメージ)へと、
次第に移ろいつつあった時代の雰囲気をうまくとらえていると思う。
韓国併合は、そうした行為がなおも“善”とみなされた最後の時代に、韓国の主権者で
あった高宗皇帝をも含む、全世界の承認の下になされたものである。「併合」という
過酷な現実に、当初は抵抗もあり弾圧もあったが、その根底に流れていた「日韓合邦」
の理想は、“一視同仁”と謳われた日本の統治を、「侵略」や「植民地」といった今風の
概念では決して包摂のし得ぬものにした。
やがてはそれが韓国近代化の地ならしをし、韓国民の幸福にも繋がっていくのだが、
そういう事実を現代人は忘れてしまっている。
ttp://72.14.203.104/search?q=cache:QedMX7JUDz0J:mikomo.hp.in foseek.co.jp/f-f2.htm+%E5%88%A5%E3%81%AB%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E6%88%A6%E7%8A%AF%E3%81%AE%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E3%82%92%E8%BB%BD%E6%B8%9B%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%A4%E3%82%82%E3%82%8A%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%8C&hl=ja
629 :マンセー名無しさん :04/11/16 12:43:12 ID:3PGbA5mf
ロシアの新聞ジュルナル・ド・サン・ペテルスブール紙は、韓国併合条約調印直後の
1910年8月26日付けで、次のような論評を掲げている。
「フランスがアルザス=ロレーヌを失って以来、またとりわけボスニアとヘルツェゴビナが
ハプスブルク王国に組み込まれて以来、『併合』という言葉はおぞましい意味を持ち、
国家間の強盗と同義語になった。だが、朝鮮を日本が掌握することにはこのような
意味合いを持たせることはできず、むしろアルジェリアのフランスへの併合や
イギリスによるエジプトの占領、カフカスあるいはヒヴァ汗国のロシアへの主権移行
などがもたらした恩恵の記憶を喚起するものだ」
「朝鮮は、日本の統治下に入って以来、夢のような変化の道を歩んでいる。
見る見るうちに、広大な鉄道網や電信電話網が敷かれた。公共建築物や工場が
立ち並び、日増しに増え続けている子供達は学校に通っている。農業も盛んに
なっている。輸出は5年で三倍以上になった。財政は、輝かんばかりの状態にある。
港は活気に満ちている。司法制度が改革され、裁判の手続きもヨーロッパの裁判所に
決して引けをとらない・・・この観点に立てば、朝鮮の日本への併合は極東の繁栄と
発展の新たな要素となるだろう」(国際ニュース辞典『外国新聞に見る日本』第4巻)
他国を「取る」ことが“善”とされた時代もある、と筆者は先に論じたが、上記の論評は、
他国の「併合」が「恩恵の記憶」(善のイメージ)から「国家間の強盗」(悪のイメージ)へと、
次第に移ろいつつあった時代の雰囲気をうまくとらえていると思う。
韓国併合は、そうした行為がなおも“善”とみなされた最後の時代に、韓国の主権者で
あった高宗皇帝をも含む、全世界の承認の下になされたものである。「併合」という
過酷な現実に、当初は抵抗もあり弾圧もあったが、その根底に流れていた「日韓合邦」
の理想は、“一視同仁”と謳われた日本の統治を、「侵略」や「植民地」といった今風の
概念では決して包摂のし得ぬものにした。
やがてはそれが韓国近代化の地ならしをし、韓国民の幸福にも繋がっていくのだが、
そういう事実を現代人は忘れてしまっている。
ttp://72.14.203.104/search?q=cache:QedMX7JUDz0J:mikomo.hp.in foseek.co.jp/f-f2.htm+%E5%88%A5%E3%81%AB%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E6%88%A6%E7%8A%AF%E3%81%AE%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E3%82%92%E8%BB%BD%E6%B8%9B%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%A4%E3%82%82%E3%82%8A%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%8C&hl=ja
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