鬼畜日帝からの独立戦争(国定教科書より)
投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2005/12/17 09:13 投稿番号: [140 / 503]
3. 大韓 民国 臨時 政府
大韓民国 臨時 政府の 樹立と活動
民族的に 起きった 3.1運動は 日帝の 弾圧によって独立にはつながらなかったが、
これにより
我が民族の独立に対する熱望と意志はさらに堅くなった.
それで 一層 組織的に 独立運動を推進する為政府を樹立しようとする 動きが国内外から 起きた.
それで 国内外で 色々な 臨時政府が 樹立された.
これらの 臨時政府は 上海の大韓民国臨時政府として統合になった.(1919)
臨時政府は 民主共和政を 基本として 民主主義の国家体制を備えた.
初めは 大統領制を 採択して LEE SEUNG MANを大統領に 選出した. その後 臨時
政府は 数回の 憲法改定で 体制を変えたが 「光復」直前には KIMKUが 中心に
なって 政府を 導いた.
臨時政府は 本国の各地を つなぐ連通制を通じて独立運動を引き、 独立運動資金
を 用意したりした.
また、 独立新聞を 刊行して 国内外の同胞に独立運動の便りを知らせ 独立精神を
覚醒させて、多くの 独立運動団体に 独立運動の方向を提示した.
大韓民国臨時政府は 我が民族の 独立意志を集めて民主主義の原則によって 樹立した 政府として
同族の支持を受けながら 国内外の同胞達に 勇気と希望を与えた.
独立運動基地の建設
日帝の侵略が強化されてから民族指導者達は長期的な 民族運動の推進の為 満州地方
中心にして 独立運動基地を 建設した. それで国権侵奪と前後して この地域に 書傳書宿、
同級学校等 多くの 学校を 設立した、 同じように新興武官学校を建て
軍事教育を 実施して 武装独立運動の 基礎を作ってきた.
特に、 DOMAN川の向うに有る現在の YEONGIL,YOUNGJUNG 等には
韓民族が 集団で居住して 民族教育の伝統を継承していった.
日帝の侵略に対抗して 国内から推進してきた民族教育運動と 武装義兵活動は
日帝の 立ち入る事が 比較的及ばない
この地域に継承されて民族運動の中心になった.
このような 状況は 満州の各地でも現れ、これを基盤にして 独立軍の活動が 可能になった。
一方、韓民族の 居住地域は 沿海州 一帯にもつくられ 独立運動団体が 活動する事が出来た.
LEE SANG 等が 中心になった 大韓光復軍
政府はその中の代表的なものだった.
これは メッセージ 1 (akanbei_21c さん)への返信です.
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