韓国の歴史整形手術
投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2005/12/09 13:18 投稿番号: [117 / 503]
<大笑い、韓国歴史教科書の捏造部分>
対日・独宣戦布告
臨時政府は中国国民党政府とともに、数回におよぶ移動をくり返しながら重慶に定着したのち、本土奪回のための臨戦態勢へとその体制を再び整備強化した。そして分散していた各地の武装勢力を臨時政府の光復軍に統合して、軍事訓練を通じて軍事の強化に努めた。このとき、中国の国民党政府は韓国人の東洋平和および独立に対する熱意に感服し、光復軍の活動に物心両面の援助を行った。
太平洋戦争が起こると(一九四一)、臨時政府はただちに対外活動を展開するとともに対日・独宣戦布告文を発表し、光復軍を連合国軍の言貝として参戦させ侵略者撃退の先頭に立った(一九四三)。
光復軍は、日本軍がいる地域であればすべて独立戦争のための戦闘地域と判断し、各地に部隊を派遣したが、遠くはビルマ、インド戦線にまで参戦し、イギリス軍との連合作戦を行ったこともあった。
対日戦に参戦した光復軍は、戦闘だけでなく、反日宣伝、捕虜尋問、暗号解読、宣伝ビラ作成、懐柔放送などに尽力した。このように光復軍は多くの悪条件を克服しながら抗戦を継続したが、祖国光復は、絶え間なく続いたこのような独立戦争の成果といえよう。
光復軍の国内進入作戦
光復軍は、東南アジア一帯で対日戦に参加しながら、他方全民族の宿願である祖国の解放を自力で達成するために、直接国内進入作戦を計画した。
光復軍はこの計画にあたって飛行隊まで編成し、総司令官池青天、第二支隊長李範爽らを登用し、国土修復作戦のための特殊訓練も行った。
しかし連合国軍が日本に原子爆弾を投下し、一九四五年八月十五日、日本が無条件降伏することによって、光復軍は同年九月に予定していた国内進入を実現させることなく祖国光復を迎えた。
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/Rekishi_Kyoukasho/Kyoukasho_Tain ichisannsen.htm#kankoku
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<米国の見解>
1951年7月5日 北東アジア課朝鮮担当官による会談覚書
ダレス大使は、韓国大使に対し、日本と戦争状態にありかつ1942年1月の連合国宣言に署名した国のみが条約に署名することになるので、大韓民国政府は条約の署名国になることはできないであろうと指摘。
ヤン韓国大使は、大韓民国が署名国になれないことに驚きを表明し、韓国臨時政府は第二次世界大戦の幾年も前から事実、日本と戦争状態にあったと抗議した。彼は、中国に日本と戦った朝鮮人師団があったこと、及び対日宣戦布告が臨時政府によってなされたことを強調。
フェアリー氏は、合衆国がかつて韓国臨時政府に対し承認したことはないと指摘した。
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1951年5月9日「合衆国草案に関する韓国の公文に対する論評」
調査の結果、(韓国の)条約参加について韓国のケースは第一次世界大戦後のポーランドの例から大きな支持をされない。パデレフスキの下で1917年パリに設立したポーランド国民会議は、全ての主要な西洋同盟国によって「承認」され処遇された。
他方、合衆国及びその他の主要国は第二次世界大戦中、「韓国臨時政府」を何らかの地位を有するものとして承認することを意図的に差し控えた。
当該政府が日本に宣戦し、朝鮮人分子、主として長期朝鮮(中国の間違え?)居住者が、中国軍と共に戦ったという事実は、それ故我々の見解では何の意義も有しない。
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正に 大笑いの韓国の歴史捏造です。
対日・独宣戦布告
臨時政府は中国国民党政府とともに、数回におよぶ移動をくり返しながら重慶に定着したのち、本土奪回のための臨戦態勢へとその体制を再び整備強化した。そして分散していた各地の武装勢力を臨時政府の光復軍に統合して、軍事訓練を通じて軍事の強化に努めた。このとき、中国の国民党政府は韓国人の東洋平和および独立に対する熱意に感服し、光復軍の活動に物心両面の援助を行った。
太平洋戦争が起こると(一九四一)、臨時政府はただちに対外活動を展開するとともに対日・独宣戦布告文を発表し、光復軍を連合国軍の言貝として参戦させ侵略者撃退の先頭に立った(一九四三)。
光復軍は、日本軍がいる地域であればすべて独立戦争のための戦闘地域と判断し、各地に部隊を派遣したが、遠くはビルマ、インド戦線にまで参戦し、イギリス軍との連合作戦を行ったこともあった。
対日戦に参戦した光復軍は、戦闘だけでなく、反日宣伝、捕虜尋問、暗号解読、宣伝ビラ作成、懐柔放送などに尽力した。このように光復軍は多くの悪条件を克服しながら抗戦を継続したが、祖国光復は、絶え間なく続いたこのような独立戦争の成果といえよう。
光復軍の国内進入作戦
光復軍は、東南アジア一帯で対日戦に参加しながら、他方全民族の宿願である祖国の解放を自力で達成するために、直接国内進入作戦を計画した。
光復軍はこの計画にあたって飛行隊まで編成し、総司令官池青天、第二支隊長李範爽らを登用し、国土修復作戦のための特殊訓練も行った。
しかし連合国軍が日本に原子爆弾を投下し、一九四五年八月十五日、日本が無条件降伏することによって、光復軍は同年九月に予定していた国内進入を実現させることなく祖国光復を迎えた。
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/Rekishi_Kyoukasho/Kyoukasho_Tain ichisannsen.htm#kankoku
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<米国の見解>
1951年7月5日 北東アジア課朝鮮担当官による会談覚書
ダレス大使は、韓国大使に対し、日本と戦争状態にありかつ1942年1月の連合国宣言に署名した国のみが条約に署名することになるので、大韓民国政府は条約の署名国になることはできないであろうと指摘。
ヤン韓国大使は、大韓民国が署名国になれないことに驚きを表明し、韓国臨時政府は第二次世界大戦の幾年も前から事実、日本と戦争状態にあったと抗議した。彼は、中国に日本と戦った朝鮮人師団があったこと、及び対日宣戦布告が臨時政府によってなされたことを強調。
フェアリー氏は、合衆国がかつて韓国臨時政府に対し承認したことはないと指摘した。
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1951年5月9日「合衆国草案に関する韓国の公文に対する論評」
調査の結果、(韓国の)条約参加について韓国のケースは第一次世界大戦後のポーランドの例から大きな支持をされない。パデレフスキの下で1917年パリに設立したポーランド国民会議は、全ての主要な西洋同盟国によって「承認」され処遇された。
他方、合衆国及びその他の主要国は第二次世界大戦中、「韓国臨時政府」を何らかの地位を有するものとして承認することを意図的に差し控えた。
当該政府が日本に宣戦し、朝鮮人分子、主として長期朝鮮(中国の間違え?)居住者が、中国軍と共に戦ったという事実は、それ故我々の見解では何の意義も有しない。
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正に 大笑いの韓国の歴史捏造です。
これは メッセージ 1 (akanbei_21c さん)への返信です.
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