李氏朝鮮の仏教弾圧 と●歴史歪曲
投稿者: baribaripati 投稿日時: 2007/09/26 21:36 投稿番号: [37 / 175]
李氏朝鮮時代の仏教弾圧
http://photo.jijisama.org/buddhism.html
李氏朝鮮時代の仏教弾圧
韓国では、骨董屋を覗くと
●首のない仏像が売られていることが多い。李朝の斥仏政策のもとで、
●仏像の首が切り落とされたからである。それに今日でも韓国では、平地に仏教の寺がない。寺をたずねようとしたら、山を奥深く分け入ってゆかねばならない。
李朝では代を重ねるごとに、儒教による仏教に対する締めつけが、いっそう強められるようになった。儒教という怪物が時とともに大きく成長してゆき、儒教唯一絶対主義といわれる体制が固まっていった。仏教は目の敵とされた。李朝三代目の国王となった
●太宗(在位1400年〜18年)の治世になると、仏教にさらに苛酷な弾圧が加えられた。高麗朝が倒れたときには、全国に1万以上も寺があったというのに、寺の数を242にまで減らし、寺が所有していた土地や、奴婢(ノビ)と呼ばれた奴隷を没収した。
その後も、仏教へのパンチが次々と繰り出された。仏教はよろめき続け、ついにマットに沈んだ。
●四代目の国王の世宗(在位1418年〜50年)は、全宗派を禅教2宗に統合して、
●それぞれわずか18寺院だけを残して、
●他の寺を廃した。世宗はハングルを創製した名君であったのに、仏教には好意をいだいていなかった。
儒教は、個人が自らを磨くことによって完成することを目指したので、
●宗教を軽蔑した。仏教の輪廻の教えは、根拠がなく、天国や地獄は、人々の利己心や恐怖心から生まれた空想の産物であるとみなした。
●九代目の成宗(在位1469年〜94年)は、出家することを全面的に禁じた。
李朝時代は、そのまま仏教を苛めた歴史であるといってよい。
●十一代目の中宗(在位1506年〜44年)は、全国にわたって【仏像を没収して、溶かしたうえで武器に鋳造した】。また●僧侶を土木工事に使うようになった。
●僧侶は使役されるとき以外は、漢城(ソウル)に出入りを禁じられるようになった。仏教は、山のなかに逃げ込んで細々と命脈を保った。
●僧侶は、奴婢と同じ賤民の範疇に組み入れられた。
石窟庵と仏国寺
http://myjmsts.hp.infoseek.co.jp/heritage/asia/heritage_as.html
韓国・慶尚北道の慶州の町の郊外にある、大伽藍を持つ新羅時代創建の寺院。仏国寺はプルグクサ、石窟庵はソックラムと読む。石窟庵は、仏国寺からさらに9km 山中へ入ったところにあり、8世紀の仏国寺改修の際に建立された。しかし建立後の、●李氏朝鮮による仏教弾圧により人々から忘れ去られていった。
●1900年、がれきの中に埋もれていた石窟庵を発見したのは、山中で雨宿りをしようとした
●郵便配達夫であったという。吐含山(トハムサン)の斜面をくりぬいた石窟庵の窟室には、崇高な釈迦如来座像が安置されている。 (1番目と2番目の写真は仏教弾圧によって荒れ果てた仏国寺と石窟庵)
●豊臣秀吉が仏教を破壊?●歴史歪曲
韓国を旅すると旅行ガイドに『わが国に古い寺院が少ないのは秀吉軍に破壊されたためです』と説明されるらしい。日本人観光客は贖罪意識を感じて居たたまれなくなるようだ。●しかしこれほど明白な歴史歪曲があるだろうか。
●李氏朝鮮は仏教を大弾圧し、1万以上あったといわれる寺院は、秀吉軍が朝鮮に入った時にはわずか36ヵ寺にまで減らされていたのだ。
http://photo.jijisama.org/buddhism.html
李氏朝鮮時代の仏教弾圧
韓国では、骨董屋を覗くと
●首のない仏像が売られていることが多い。李朝の斥仏政策のもとで、
●仏像の首が切り落とされたからである。それに今日でも韓国では、平地に仏教の寺がない。寺をたずねようとしたら、山を奥深く分け入ってゆかねばならない。
李朝では代を重ねるごとに、儒教による仏教に対する締めつけが、いっそう強められるようになった。儒教という怪物が時とともに大きく成長してゆき、儒教唯一絶対主義といわれる体制が固まっていった。仏教は目の敵とされた。李朝三代目の国王となった
●太宗(在位1400年〜18年)の治世になると、仏教にさらに苛酷な弾圧が加えられた。高麗朝が倒れたときには、全国に1万以上も寺があったというのに、寺の数を242にまで減らし、寺が所有していた土地や、奴婢(ノビ)と呼ばれた奴隷を没収した。
その後も、仏教へのパンチが次々と繰り出された。仏教はよろめき続け、ついにマットに沈んだ。
●四代目の国王の世宗(在位1418年〜50年)は、全宗派を禅教2宗に統合して、
●それぞれわずか18寺院だけを残して、
●他の寺を廃した。世宗はハングルを創製した名君であったのに、仏教には好意をいだいていなかった。
儒教は、個人が自らを磨くことによって完成することを目指したので、
●宗教を軽蔑した。仏教の輪廻の教えは、根拠がなく、天国や地獄は、人々の利己心や恐怖心から生まれた空想の産物であるとみなした。
●九代目の成宗(在位1469年〜94年)は、出家することを全面的に禁じた。
李朝時代は、そのまま仏教を苛めた歴史であるといってよい。
●十一代目の中宗(在位1506年〜44年)は、全国にわたって【仏像を没収して、溶かしたうえで武器に鋳造した】。また●僧侶を土木工事に使うようになった。
●僧侶は使役されるとき以外は、漢城(ソウル)に出入りを禁じられるようになった。仏教は、山のなかに逃げ込んで細々と命脈を保った。
●僧侶は、奴婢と同じ賤民の範疇に組み入れられた。
石窟庵と仏国寺
http://myjmsts.hp.infoseek.co.jp/heritage/asia/heritage_as.html
韓国・慶尚北道の慶州の町の郊外にある、大伽藍を持つ新羅時代創建の寺院。仏国寺はプルグクサ、石窟庵はソックラムと読む。石窟庵は、仏国寺からさらに9km 山中へ入ったところにあり、8世紀の仏国寺改修の際に建立された。しかし建立後の、●李氏朝鮮による仏教弾圧により人々から忘れ去られていった。
●1900年、がれきの中に埋もれていた石窟庵を発見したのは、山中で雨宿りをしようとした
●郵便配達夫であったという。吐含山(トハムサン)の斜面をくりぬいた石窟庵の窟室には、崇高な釈迦如来座像が安置されている。 (1番目と2番目の写真は仏教弾圧によって荒れ果てた仏国寺と石窟庵)
●豊臣秀吉が仏教を破壊?●歴史歪曲
韓国を旅すると旅行ガイドに『わが国に古い寺院が少ないのは秀吉軍に破壊されたためです』と説明されるらしい。日本人観光客は贖罪意識を感じて居たたまれなくなるようだ。●しかしこれほど明白な歴史歪曲があるだろうか。
●李氏朝鮮は仏教を大弾圧し、1万以上あったといわれる寺院は、秀吉軍が朝鮮に入った時にはわずか36ヵ寺にまで減らされていたのだ。
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