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「満州国 国務総理大臣」の哀れな末路

投稿者: nemuronosannma 投稿日時: 2011/07/08 22:53 投稿番号: [18454 / 28555]
  「満州国初代国務総理大臣」鄭孝胥は謹厳実直な人柄だったようだ。毎日定時に登庁し、書類仕事を大過なく行い、会議にも出て、定時に退庁する。しかし、総理とし3年間国政の最高決定機関である国務院会議において彼の積極的な発言を聞いたものはいなかったようだ。上程される案件はすでに関東軍や日系官吏によって既定の事実となっていたものばかりであったからだ。
  それではどうして鄭はこの地位に留まり続けたか…、それは元清朝の高官として、再び「後清」の宰相として、溥儀と共に中原に戻ることを夢見ていたからだ。しかし、関東軍がそれを認めるはずもなく、ついに溥儀が満州皇帝となって1年が過ぎた記念の日にこう言い残して更迭されて行った。

「満州国は抱かれた小児の如し。今手を放してこれを歩行せしめんと欲す。然るに、児を抱く者、もしいたずらに長くこれを手に抱かんか、児ついに自立の日なし。ここに至りて我が満州国の未だよく立つにあたわざるの状、日本国政府あえて手を放して立たしめざるの状況、これ今日自明の処たらん」
  鄭にとって最初で最後の抵抗であったが、この元満州国国務総理大臣に付いた売国奴と言う汚名が消えることは無かった。まことに哀れな末路であった。

  さて、話は違うが、昭和天皇は武藤関東軍司令官兼特命全権大使の親補にあたり「張学良時代より一層の善政を布くよう努めよ」と訓示された。天皇は満州国の実権が何処にあるかを熟知していた様だ。
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