>Re6 peacekeeper_jpさんへ NO2
投稿者: Bluejack_ip 投稿日時: 2001/10/09 05:06 投稿番号: [86523 / 177456]
爆破テロの背景
イスラエルは中東戦争にで、パレスチナのうちヨルダン川西岸地域をヨルダンから、ガザ地区をエジプトから奪い占領しました。
その行為にたいし国連はイスラエルに占領地から撤退するよう求め、その結果オスロ合意が結ばれました。
合意内容は、イスラエルが1999年5月までにヨルダン川西岸地域のほとんどから撤退する代わりに、パレスチナ自治政府はパレスチナ人のイスラエルに対するテロ行為を取り締まる、と言うものでありました。
イスラエル軍の撤退は3回に分けて行われる予定で、1回目の撤退期限が、合意締結の4年後、97年5月となっていました。
その間の95年に、オスロ合意の推進役のラビン首相が暗殺され、次ぎの首相ネタニヤフ氏となりました。
彼の支持団体は「神が約束の地としてユダヤ人に与えたパレスチナの土地をアラブ人に返すことなどできない」と考える、狂信的なユダヤ教徒でありました。
その結果、ネタニヤフ首相は「パレスチナ側はオスロ合意で定められたテロリスト取り締まりを怠っている」と主張し、97年5月の撤退期限を無視する行動をとりました。
その問題に合せ、これまで中東和平を仲介してきたアメリカ政府は、クリントン政権になってから、イスラエル寄りの姿勢を強めはじめた事もこの問題を複雑にしました。
アメリカ政府高官は98年に入り、「和平交渉はアメリカが仲介するより、当事者どうしが直接話し合うことが重要」と、進展しない和平交渉の仲介を放棄するような発言をするようになりました。
アメリカの態度変更の背景としての理由としてあげられていたのが、中東以外の世界での油田発見が相次ぎ、アラブ諸国の産油国としての価値が下がった事、世界の金融市場の一体化によってアメリカの金融機関が強くなり、それを支配しているユダヤ系アメリカ人の力も強まったことなどがあると言われています。
また、ユダヤ人大使が生まれたのも、このクリントン政権です。
そうして、アメリカがイスラエル寄りになったことで、アラブ諸国には反米意識が広がることになりました。
アメリカ大使館が、爆破された原因として、こんな背景がある訳ですから、大使館が爆破された、テロはゆるせないでは済まされないものが有ります。
アラブの裁判では、不公平以前に、どうしてそうなったのかの背景を良く見ないと、大局を見失ってしまいます。
これは メッセージ 86521 (Bluejack_ip さん)への返信です.
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