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Pearl Harbor文書訳文(5/6):暗号後編

投稿者: etranger3_01 投稿日時: 2001/10/07 00:54 投稿番号: [82358 / 177456]
1994年、米国家安全保障局(NSA)は、JN-25Bが1940年12月には完全に解読されていたことを発表した。1941年1月には、英国に2冊のJN-25B暗号書が届けられた。それには、解読のコツとテクニックが記されていた。 この暗号文には、真珠湾奇襲作戦の全容が記されていた。 JN-25Bについての米海軍の公式な声明は、1971年6月に公開された「NAVAL SECURITY GROUP HISTORY TO   WORLD   WAR   II(海軍保安グループ   第二次世界大戦の記録)」の398頁に記されている。著者のJ・ホルトウィック大佐は、OP-20-G部隊の作戦隊長であったサフォード大佐の発言を次のように引用している。 「暗号文は、1941年12月には、判読可能なレベルまで解読されていた」 チャーチルは、「1940年の終わりから、米軍は日本の重要な暗号の解読に成功しており、 数多くの軍事および通信暗号が解読されていた」(GRAND ALLIANCE(大連合)、598頁)と書いている。サフォード大佐は、1941年中に「海軍のCOMINTチームは陸軍の助けを借りずに日本海軍のほぼ全容を把握していた」(SRH-149)「…多くのパターン化された文が、1500の語彙を使用するだけでほぼ完全に判読できた」(NSA)と報告している。
1979年、NSAは、1941年9月1日から12月4日までに発信された26,581文のうち、米側によって傍受された2,413文のJN-25指令文を公開した。NSAは、「現代になって、これらに真珠湾攻撃部隊の存在、編成および目的についての重要な詳細が含まれていることが判明した」と主張する。 (パーカー、21頁)帝都東京から発信された千を超える通信文のうち、国立公文書館に保存されているのはたった20文である。 攻撃部隊への通信は、数回発信されている。奇数時間ごとに少なくとも1つの通信文が発信され、それぞれに固有の連番が記されていた。 1941年の11月のはじめ以降は、[日本軍の]攻撃部隊が集合して電波信号の受信を開始したと同時に、OP-20-Gは24時間体制でスタンバイし、暗号解読チームのトップである「第1チーム」がJN-25の解読に当たった。1941年の11月から12月のはじめには、OP-20-Gはその85%の能力を日本海軍の通信解読に傾け、12%を外交機密通信に、そして3%をドイツ海軍の通信解読に傾けた。 ルーズベルトは、側近であるジョン・ビアデル大将によって日に2回、JN-25についての報告を直接受け、元の英語での通信文が読みたいと言ったと伝えられている。 合衆国政府は、戦後半世紀たった今でも、国防上の理由を盾に、1941年7月以前の解読済みJN-25文書の存在を否定し、公開していない。
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