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Pearl Harbor文書訳文(3/6):背景後編

投稿者: etranger3_01 投稿日時: 2001/10/07 00:40 投稿番号: [82351 / 177456]
1941年2月11日 - ルーズベルトはマニラに配備されている巡洋艦6隻と空母2隻をおとりに戦争開始を提言。 スターク海軍幕僚長は次のように反発。 「私は既にこれに対する反対意見を提示しており、この作戦の愚かさについては閣下も同意されたはずです。 特に、前会議でハル長官が(マニアの兵力増強を)提案されたときに配備の話が持ち上がり、閣下は明瞭な回答(私個人の見解ですが)として、巡洋艦の1、2隻を失うのは構わないが、5、6隻も失うようなことになるのは回避したいという旨を発言されています。 (PRESIDENT ROOSEVELT AND THE COMING WAR(ルーズベルト大統領と来るべき戦争)、1941年、424頁)
1941年3月 - ルーズベルトはヨーロッパの交戦国向けに、ともに国際法上違法で、戦争行為に値する弾薬の販売および輸送を実施。 レンド・リース法.
1941年6月23日 - ドイツ軍によるソ連侵攻の翌日に、ハロルド・アイクス大統領顧問は、ルーズベルト宛にメモを送る。「日本への石油禁輸措置を継続することで、戦争突入を可能にするだけでなく、より容易に、かつ効率的に戦争に突入できる状態を生じさせることが可能かもしれません。 すなわち我々は間接的に戦争に関与することと相成り、ソ連の共産勢力に加担したという批判を避けることができます」 また、ルーズベルトは7月22日に読んだ リッチモンド・ターナー大将の報告書についても満足の意を示した。 「我が国による石油の供給を断つことで、和蘭東インドへの侵攻を誘発することか可能だと論じられていますが、実際にはフィリピン諸島に対して軍事行動が発動されるのも確実なため、我々はただちに太平洋での戦争に突入できます」 7月24日、ルーズベルトは 米ボランティア参加委員会 に対して、「石油さえ奪ってしまっていれば、1年前には和蘭東インドへの侵攻が始まり、戦争に突入できていたかもしれない」と語っている。 その翌日、ルーズベルトは米国内の日本資産を凍結し、主な石油の供給を停止して、米国との戦争突入を余儀なくさせた。 この時点から、ハワイへは諜報情報が流されないようになった。
8月14日 - 大西洋会議の席上で、チャーチルは「ルーズベルトの戦争突入に対する底知れぬ意欲をまざまざとみた」と漏らしている。 チャーチルは母国の国会に対し、「(ルーズベルトは)明らかに戦争介入に対して相当な意欲を示している」と打電した。
10月18日 - ハロルド・アイクス米内務省長官の日誌の一節 「長きにわたって、私は戦争に突入するには日本を利用するのが最良だと考えていた」
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