対米全面テロ

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

【証拠文書】35〜47

投稿者: chao_zoo 投稿日時: 2001/10/06 20:38 投稿番号: [82201 / 177456]
  さらに一つ前のブロック、「オサマ・ビン・ラディンと過去のテロ活動」の前半です。

     *

オサマ・ビン・ラディンと過去のテロ活動

35. 1992年および1993年、モハメッド・アティフは数回にわたってソマリアに赴いている。これは、当時ソマリアに駐留していた合衆国および国連軍に対する暴力を組織化する目的を持つものであった。
  彼がソマリアに赴いたどの機会においても、カルトゥーム地方のリヤドにある基地にいるオサマ・ビン・ラディンに報告を送っている。

36. 1993年春、アティフとサイフ・アル・アデル(別のアル・カイーダ上級メンバー)、およびその他のメンバーは、ソマリアの諸部族に合衆国軍との戦闘を目的とした軍事訓練を施し始めた。

37. 1993年10月3日と4日に、アル・カイーダの工作員は「Restore Hope」作戦に従事するためソマリアにいた合衆国軍隊員に対する攻撃に参加している。
  この攻撃によって18名の合衆国軍隊員が死亡した。

38. 1993年から、アル・カイーダのメンバーはナイロビに居を移し、事業を興した。有限会社Asma、Tanzanite Kingがこれに含まれる。
  それらの会社はアル・カイーダの上級メンバー、とりわけ、アティフとアデュ・ウバディア・アル・バンシリの定期的な訪問を受けている。

39. 1993年下半期の始め頃、ケニアのアル・カイーダメンバーは、ナイロビにあるアメリカ大使館を攻撃する可能性について議論し始めた。これは、ソマリアにおける「Restore Hope」作戦に合衆国が参加したことに対する報復のためである。
  アリ・モハメッド(米国籍、アル・カイーダ加入メンバー)は、合衆国大使館をテロリストの攻撃が可能な目標として調査した。
  彼は写真を撮り、スケッチを描き、それらをビン・ラディンがスーダンにいる間、ラディンの元に送っていた。
  彼はまた、1990年代初頭アフガニスタンにおいて、アル・カイーダのためにテロリストたちを訓練したことを認めており、また彼が訓練したテロリストたちの多くが、1998年8月の東アフリカでの爆破事件に関与していることを認めている。

40. 1998年の6月か7月に、二人のアルカイーダ工作員、ファヒド・アリ・ムサラムとシェイク・アーメド・サリム・スウェダンは、トヨタのトラックを購入しその後部にさまざまな改造を加えた。

41. 1998年8月初め、アルカイーダの工作員たちは、ナイロビの合衆国大使館の爆破を実行するため、ナイロビのNew Runda Estates43番地に集合した。

42. 1998年8月7日、アッサム(サウジアラビア国籍、アルカイーダ工作員)はトヨタのトラックを合衆国大使館まで運転した。トラックの後部荷台には大型の爆弾があった。

43. また、トラックにはモハメッド・ラシェド・アロワリ(サウジアラビア国籍)が乗っていた。
  彼は、自らの自供により明らかになったことだが、アルカイーダの工作員であり、たいだい1996年頃からアフガニスタンのアルカイーダキャンプで爆発物の扱い、ハイジャック、誘拐、暗殺、および情報収集テクニックの訓練を受けていた。
  彼はオサマ・ビン・ラディンの明示的な許可に基づき、アフガニスタンでタリバンと共に戦っている。
  彼は1996年に自らオサマ・ビン・ラディンと会い、別の「任務」を請い求めている。
  オサマ・ビン・ラディンは、アフガニスタンのキャンプにて彼に高度な特殊訓練を施したのち、彼を東アフリカに送った。

44. トラックが大使館に接近すると、アロワリはトラックから降りて警備員に手榴弾を投げた。アッサムはトラックを大使館裏手まで運転し、車から降りて爆弾を起爆させた。爆弾は高層建築のsecretarial college(訳注:何だかわかんない)を破壊し、合衆国大使館と共同銀行ビルに深刻なダメージを与えた。
  この爆弾により213名が死亡、4500名が負傷した。アッサム自身も爆発によって死亡している。

45. アロワリは任務が自分の死によって終了することを期待していた。彼はアルカイーダのために死ぬことを望んでいた。
  しかし、最後の最後になって彼は爆弾トラックから逃げ出し、生き残った。彼には金もパスポートも、任務の後いかに脱出するかの計画もなかった。彼は死ぬつもりだったからである。

46. 数日後、彼はイエメンに電話をかけ、ケニアにいる自分の元へ金を送るように頼んでいる。
  そのイエメンへの電話は、その日のうちにオサマ・ビン・ラディンの電話へと連絡され、アロワリは金を手に入れるための手配を行った。

47. ナイロビの事件に関連して逮捕されたもう一人の人間がモハメッド・サディーク・オデーである。彼は自身の関与を認めている。
  彼は爆破に主導的に関与した者たちを同定している。彼は3名を名指ししており、その\xC1
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)