共産主義と宗教の違い
投稿者: shinobu 投稿日時: 2001/10/01 22:06 投稿番号: [78571 / 177456]
>>ただ、家族を失った方々に今このような言い方で、納得してもらうことはとても出来ないと思います。
気持ちは理解しますが、だからといって感情にしたがい攻撃することが、社会的に正当なことではありません。
どこの国も、社会の混乱を避けるために、法の裁きがあります。
そして、攻撃することが幸せにつながるとも思えません。まして、罪もない人を殺しては。
もしも、私が殺されたとして、残った家族には、そのようなことはしてほしくありません。
家族が憎しみでいっぱいになってしまい、関係のない人をも殺してしまうようになることを望む人はいるのでしょうか。
私は、家族がもしそうなってしまったら非常に悲しいです。憎しみにとらわれずに、幸福になってほしいと思います。
>>どうして、イスラムどうしで分け合わないのでしょう?
経済の方法である共産主義と、宗教上「富めるものから、貧しいものへ施す」ということとは違うからです。
「物が公平に保たれることに意義があるのではなく」、「みずから人に何かをする・与える気持ち・行為が重要」なのです。
前者は「物を中心にみた考え方」、後者は「生き方を中心にみた考え方」です。
前レスは、そういう意味です。
ここの価値観の違いが、西欧文化圏の人には理解しがたい部分であると思います。
ですから、
>>それぐらいのお金を全部つぎこめば、アフガニスタンぐらい復興できそうですが。
は、国が栄えたとしても、宗教を守ること以上には、価値を持ちえないと思います。
へんなたとえですが、武士は食わねど・・・ように、物的な要求よりも生き方が重要なわけです。
日本人には、それほどわかりづらい価値観とは思いません。
>>同じ資本主義に生きるものとしてあなたはどうしたいのか?
はじめに、私は資本主義がいけないといっているのではありません。
そして資本主義に生きているからといって、他の国を資本主義にしなくてはいけないことはありませんし、そうしないと成り立たないわけでもありません。
また、相手が資本主義の国ではなくとも、国交はできます。
今回は、テロ事件であり、イスラムの文化が悪いから資本主義にかえよう、攻撃してもよいとするのは矛先が違うと感じます。
なにができるのか、したいのかということですが、今回の事件以前から、イスラムのほうからでている要望、「経済制裁の解除」「聖地からの軍隊撤退」「イスラエルへの偏向した援助」これらをまずやめる方向で話し合うべきだと思います。
これらの行為に対して、アメリカ側に正当な理由があると思えないからです。
そして、日本に何を期待するかといえば、西欧とアジアの仲介役になってほしいと思っています。
ことに、アラブ問題では、先進国で手を汚していないのは、日本くらいでしょう。
ですから、他の先進国には、公平な視点で仲介ができるとは思いません。
日本は、資本(物)をメインにした欧米の文化と、宗教・人道といったことをメインにしてきたアジア文化、どちらの価値観も理解できると思っています。
ですから、そういった橋渡し的な貢献を期待しています。
また、そうすることが日本が世界で認められる方向だと思っています。
日本が内容を検討せず、アメリカの要望をなんでも受け入れ対処していったなら、結果はどうなるか明らかだと思います。
アメリカが崩れないというのは幻想だと思いますし、経済基盤の脆さをみれば、いつ終わってもおかしくないとさえ思います。
また、中国をはじめ、アジアの国々はこれからもっと伸びていくでしょう。
モラル・国益、双方からみて、日本は自分の道を探すべきだと思います。
>>自爆することをいとわない人々を小さい頃から育てていき世界中に派遣する人たちは、
>>自分達の宗教世界の考え方の中にいつまでもとどまっていていいとは言えないんじゃないですか。
私、個人の価値観では、前にも書きましたが「命を大事にしてほしい」し、いいとは思いません。
戦争で戦うのが当然といっている人達に対してもそう思います。
だからといって、そういったことは外圧で変えられることではないし、そんな権利ももっていないと思います。
個々が自らそう思うようになっていかなければ、変わらないのです。
たとえば、日本も生死に関しては、世界の中で特殊な価値観を持っていると思います。
過労死・自殺の美化、そういったことを他の国からの圧力や武力で変えられるでしょうか?
>>それができれば、とうの昔にパレスチナ問題は、解決しています。
パレスチナ問題は、先進国が介入したためになおさら
気持ちは理解しますが、だからといって感情にしたがい攻撃することが、社会的に正当なことではありません。
どこの国も、社会の混乱を避けるために、法の裁きがあります。
そして、攻撃することが幸せにつながるとも思えません。まして、罪もない人を殺しては。
もしも、私が殺されたとして、残った家族には、そのようなことはしてほしくありません。
家族が憎しみでいっぱいになってしまい、関係のない人をも殺してしまうようになることを望む人はいるのでしょうか。
私は、家族がもしそうなってしまったら非常に悲しいです。憎しみにとらわれずに、幸福になってほしいと思います。
>>どうして、イスラムどうしで分け合わないのでしょう?
経済の方法である共産主義と、宗教上「富めるものから、貧しいものへ施す」ということとは違うからです。
「物が公平に保たれることに意義があるのではなく」、「みずから人に何かをする・与える気持ち・行為が重要」なのです。
前者は「物を中心にみた考え方」、後者は「生き方を中心にみた考え方」です。
前レスは、そういう意味です。
ここの価値観の違いが、西欧文化圏の人には理解しがたい部分であると思います。
ですから、
>>それぐらいのお金を全部つぎこめば、アフガニスタンぐらい復興できそうですが。
は、国が栄えたとしても、宗教を守ること以上には、価値を持ちえないと思います。
へんなたとえですが、武士は食わねど・・・ように、物的な要求よりも生き方が重要なわけです。
日本人には、それほどわかりづらい価値観とは思いません。
>>同じ資本主義に生きるものとしてあなたはどうしたいのか?
はじめに、私は資本主義がいけないといっているのではありません。
そして資本主義に生きているからといって、他の国を資本主義にしなくてはいけないことはありませんし、そうしないと成り立たないわけでもありません。
また、相手が資本主義の国ではなくとも、国交はできます。
今回は、テロ事件であり、イスラムの文化が悪いから資本主義にかえよう、攻撃してもよいとするのは矛先が違うと感じます。
なにができるのか、したいのかということですが、今回の事件以前から、イスラムのほうからでている要望、「経済制裁の解除」「聖地からの軍隊撤退」「イスラエルへの偏向した援助」これらをまずやめる方向で話し合うべきだと思います。
これらの行為に対して、アメリカ側に正当な理由があると思えないからです。
そして、日本に何を期待するかといえば、西欧とアジアの仲介役になってほしいと思っています。
ことに、アラブ問題では、先進国で手を汚していないのは、日本くらいでしょう。
ですから、他の先進国には、公平な視点で仲介ができるとは思いません。
日本は、資本(物)をメインにした欧米の文化と、宗教・人道といったことをメインにしてきたアジア文化、どちらの価値観も理解できると思っています。
ですから、そういった橋渡し的な貢献を期待しています。
また、そうすることが日本が世界で認められる方向だと思っています。
日本が内容を検討せず、アメリカの要望をなんでも受け入れ対処していったなら、結果はどうなるか明らかだと思います。
アメリカが崩れないというのは幻想だと思いますし、経済基盤の脆さをみれば、いつ終わってもおかしくないとさえ思います。
また、中国をはじめ、アジアの国々はこれからもっと伸びていくでしょう。
モラル・国益、双方からみて、日本は自分の道を探すべきだと思います。
>>自爆することをいとわない人々を小さい頃から育てていき世界中に派遣する人たちは、
>>自分達の宗教世界の考え方の中にいつまでもとどまっていていいとは言えないんじゃないですか。
私、個人の価値観では、前にも書きましたが「命を大事にしてほしい」し、いいとは思いません。
戦争で戦うのが当然といっている人達に対してもそう思います。
だからといって、そういったことは外圧で変えられることではないし、そんな権利ももっていないと思います。
個々が自らそう思うようになっていかなければ、変わらないのです。
たとえば、日本も生死に関しては、世界の中で特殊な価値観を持っていると思います。
過労死・自殺の美化、そういったことを他の国からの圧力や武力で変えられるでしょうか?
>>それができれば、とうの昔にパレスチナ問題は、解決しています。
パレスチナ問題は、先進国が介入したためになおさら
これは メッセージ 76251 (poko_poko_777 さん)への返信です.
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