日本の中心は空虚である。
投稿者: sakae_ohsugi 投稿日時: 2001/09/20 00:54 投稿番号: [56639 / 177456]
一連の投稿を拝見させていただきました。
殆ど賛成したいところです。特に、
>天皇陛下はやはりGHQによる占領が終わった時点で死ぬまでいかなくてもせめて退位されるべきだったと思う。
>それが戦争の最高責任者のあるべき姿だったのではないでしょうか。
>それが今日取り沙汰されてるさまざまな無責任問題にもつながっていると思うから。
という部分には、ほとんど感銘を受けそうになりました。
他のところでも書きましたが、ドイツ人は、全てがナチだったわけではありません。
ドイツ人は、ナチスと闘い、戦後もナチスを否定したからこそ、いま国を愛することができるのです。
また、ムッソリーニはイタリアのパルチザンによって処刑されました。
本当ならば、ムッソリーニは戦犯として裁判に掛けられるべきだったのでしょうがイタリア人達はそんなことになれば連合軍によるイタリアの占領が長引き、独立が遅れ、下手をすると一つの国としてではなく分断されてしまうかもしれないと考えたのです。
そのため、パルチザンの人たちは連合軍よりも早くムッソリーニを見つけ、自分たちで死刑にしてしまう必要があると考え、そして、実際にムッソリーニは彼らの考えるとおりに殺された訳なのです。
実際に、連合軍の占領はイタリアの場合は日本などと比べると非常に短いのです。
そして、現在でも4月25日はイタリアの祭日、解放記念日です。
この似たような祭日が、日本は終戦記念日ですが、イタリアの場合の解放記念日となるのは、自主的にファシズムから自らを解放したという自負の現れとも言えるのではないでしょうか。
だから、イタリア人は国を愛せるのです。
日本人はどうでしょうか?
日本人は、自主的に、天皇ファシズムから自らを解放できなかった。
というか、本当に開放されたかったのかどうかも今となっては良くわかりません。
天皇ファシズムによって犯された日本人も、やはり天皇が好きだったし、どんなに酷いことをされて、殺されそうになっても、結局離れることは出来なかった、というのは例えが悪いですが、まさに自虐そのもの、まさにマゾヒズムですね。
つづく。
これは メッセージ 55966 (pupuinopui さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/bpjfa4lla5fa5m_1/56639.html