インサイダー高野記事抜粋(1)
投稿者: kitakatakumako 投稿日時: 2001/09/19 17:25 投稿番号: [55190 / 177456]
第3に、これが「戦争」だとして、その戦争は今始まったのでなく、とっくの昔に始まっていていて、米国は一貫してその当事者だったことを認識する必要がある。
ウサマ・ビンラーディンが本当に首謀者であったとして、彼とその庇護者であるアフガニスタンのタリバンを育てたのは米国自身であって、その意味では「飼い犬に手を噛まれた」にすぎない──というのが事態の一面である。79年に旧ソ連がアフガニスタンに侵攻した際、米CIAはパキスタン経由でアフガン・ゲリラに豊富な武器と資金を提供してソ連軍に立ち向かわせた。84年にサウジアラビアからパキスタンに入って、たちまち「アラブ義勇軍」の有力リーダーの1人にのし上がったビンラーディンは、当然にもCIAの協力者となって、その後押しで88年には「アル・カイーダ」という軍事組織を結成した。ところが、91年に湾岸戦争が起きて米軍がサウジに進駐したことで、両者の関係は一変した。イスラム原理主義者にとっては米軍のサウジ駐留は「聖地を異教徒に踏みにじられた」ことを意味しており、この時からビンラーディンは反米路線に転じ、NYの世界貿易センター(93年)、サウジ内の米軍施設(95年と96年)、ケニアとタンザニアの米大使館(98年)などの爆弾テロに関わったとされて、米国にとっての最大の“お尋ね者”となった。
元は手先として使っていた人間がひとかどのテロリストとして歯向かってきたことに、余計に頭に来たのだろう、米国は98年の大使館爆破事件のあとすぐに、スーダンの化学兵器工場(後に単なる薬品工場を誤爆したことが判明)と共にアフガニスタンのビンラーディンの拠点とを空爆した。しかし80発の巡航ミサイルも彼を爆殺することは出来なかった。米国はその後もタリバンにビンラーディンの身柄引き渡しを要求し続け、タリバンが拒否すると、昨年末には国連安保理で強引に決議させてアフガニスタンへの経済制裁措置をとった。このように、米国は80年代早々からすでにしてアフガン紛争の“当事者”であって、その意味ではこの「戦争」は今始まったのでなく、すでに20年も続いてきて今新しい局面に入ったと捉えるべきなのである。
これは メッセージ 55177 (kitakatakumako さん)への返信です.
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