想像力の貧困
投稿者: wakaba154 投稿日時: 2001/09/19 17:25 投稿番号: [55189 / 177456]
私の元発言は「戦争反対=テロ容認、ではなく、逆に戦争賛成=テロ容認だ」という主旨です.テロの犠牲になられた方々を悼むことは、戦争になった場合犠牲になるであろう人々を想像することと同じではないのでしょうか?
>おっしゃる通りですが、現在のように世界の各地でテロが絶えない以上、その根を断ち切る事も一つの選択肢ですよね。
もちろんです.その選択肢の中には最悪のものからベターなものまでいろいろあるはずです(民間チャンネル、外交チャンネル、経済面などなど).またいきなり地上戦を開始するのか、武力を背景に交渉するのか、そういった選択もまだ未知数ですね.それらを軽視して漠然と戦争以外にない、地上戦だ、核だというイメージの限定や世論誘導に危険を感じます.とくに日本で.
日本政府は国民の前にあらゆる情報と可能な選択肢をすべて示して判断を仰ぐべきなのに、軍事支援しかアイディアを出さないのは政治・外交のプロとして怠慢だと思う.
犠牲者は62ヵ国に及ぶそうです.アメリカだって国際世論を無視できない.あきらめずに想像しましょう.
これは メッセージ 54737 (Acrobat4 さん)への返信です.
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