bauさんへ 〜ちっぽけな話〜
投稿者: seelenmesse 投稿日時: 2001/09/19 05:27 投稿番号: [53476 / 177456]
私には残念ながら前向きな思想は提供できませんが、一つ思うのは、私たちの追い求める「平和」自体が贅沢な「平和」になってきているのかな、ということです。
「平和」の中に、「私利私欲」が権利という名目のもとまぎれ込んでいて、権利の主張が公に是認されつつある今日、その陰に潜む個人の欲が見えにくくなり、「平和」を訴えているはずが、いつしか悪意の無い(からこそ、厄介な)「傲慢の主張」へと摩り替わってしまっているのかもしれないという危惧の念を持ちます。
昨日、仕事の帰りに駅前のロータリーでバスを待っていました。横に工事中の看板があり、その上で点滅している赤い電飾を眺めていたのですが、それがふと人間の心臓に見えました。その時思いました。私たちが今議論している「命」とは何だろう、と。
削ぎ落とせるものを全て削ぎ落とすと、残ったのは坦々と動きつづける心臓だけでした。そこには目の色、髪の色、皮膚の色、感情、思想、一切の区別のない、そして誰もが皆持っている、同じ心臓だけでした。
その時ほんの少しだけ、差別のない「命」を感じたような気がしたのです。そして改めて『平和の原点』を模索することに還る必要性を突きつけられたように思いました。
とてもちっぽけで、およそ現実的ではない話ですが、私個人としてはその辺まで遡って、今の社会情勢と向き合っていければと考えています。
これは メッセージ 48287 (bau さん)への返信です.
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