対米全面テロ

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RE:本当にラディンが犯人なのか?

投稿者: dkosidfda 投稿日時: 2001/09/14 21:57 投稿番号: [29749 / 177456]
  パキスタンからサウジアラビア、ヨルダン、エジプトなどの中東諸国で、アフガニスタンのイスラム同胞を救え、というキャンペーンが展開され、多くの若者が、アフガニスタンに行ってソ連軍と戦うことを志願した。志願兵とはいえ月給が出たことも、多くの希望者が集まることにつながった。
  こうしたキャンペーンは、アメリカの同盟国だったサウジアラビアやパキスタンが率先して行い、キャンペーンの背後にいるアメリカの姿は見えにくかった。志願兵となった若者たちは、アフガニスタンやパキスタンにある軍事訓練センターに運ばれたが、訓練センターを運営しているのは、アメリカ当局(CIA)だった。

  このキャンペーンの中で、まだ20歳代だったオサマは、自らアフガニスタンに乗り込むとともに、資金も注ぎ込んでいった。

  彼らは帰国後、母国をより良いイスラム社会にする活動を始めたが、彼らの目から見ると、サウジアラビアやヨルダンなどの母国政府は、清いイスラム組織ではく、貧しい人々を放置し、腐敗していた。そして、腐敗した母国政府を支えるのは、中東の石油利権や、イスラエルの安全を守ることを目標にしているアメリカだ、という構図も見えてきた。
  「アフガン帰り」たちの世直し運動は、すぐに政府に弾圧されたが、彼らはアフガンで培った軍事技術を持っており、爆弾を作ったり政府要人を銃撃するのは、お手のものだった。こうして反政府・反米運動はテロリズムと結びつき、欧米で「イスラム原理主義運動」と呼ばれるものになった。

  アフガン帰りを訓練したのはアメリカなのだから、アメリカは結局、自分たちを狙うテロリストを養成してしまったことになる。ソ連撤退後、アメリカは悪役となったが、オサマは、イスラム教徒の苦境を救う人物として名が残り、アフガニスタンからの難民が多く住むペシャワールだけでなく、中東全域で英雄視されるようになった。

▼自分で作ったテロリスト養成所を爆撃したアメリカ

  イランでは、昨年から民主化運動が始まり、親米的なハタミ政権ができたため、イランが反米テロリズムを支援する傾向は薄まった。そして、その代わりに再び出てきたのが、オサマ・ビンラディンの名前だった。

  1998年8月、アフリカ東部のケニヤとタンザニアで、アメリカ大使館が同時に爆破されるテロ事件が起き、アメリカ政府は、オサマの組織が行った可能性が強いと発表した。そしてアメリカは報復措置として、オサマが運営しているというスーダンの「化学兵器工場」と、アフガニスタンで「テロリストを養成している軍事訓練センター」を、長距離ミサイルで攻撃した。

  ところが、このときにアメリカが攻撃した訓練センターは、実は、ソ連軍のアフガニスタン侵攻の後、アメリカが金を出して設立されたものだった。また、当初「化学兵器工場」だとして攻撃されたスーダンの工場は、その後のアメリカ政府内の調べで、単なる化学品工場だったことが分かった。

  大使館爆破テロをオサマが計画したのかどうかも、明確にはなっていないが、その後もアメリカは、各地で起きるテロ行為を、オサマの組織によるものだと言い続けた。最近では、ロシア軍と戦っているチェチェンのイスラム教徒軍も、オサマの支援を受けているとされている。

▼イスラム過激派の象徴としてのオサマ

  ところが、どうも私には、オサマが本当にテロ行為や戦闘を指揮・支援しているのかどうか、大きな疑問がある。オサマの名前を連発しているのはアメリカの当局とマスコミの側だけで、肝心のオサマ本人や、各地のイスラム組織は、テロへの関与や、相互のつながりを否定している。

  イランやシリアといった、かつて「テロリストの後見人」と言われていた国が、もはやアメリカの敵ではなくなりつつある今、とらえどころがないイスラム過激派組織の存在を分かりやすく際立たせる象徴として、アメリカ当局がオサマをマスコミに登場させているのではないか、感じられる。
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