自分の頭で考える。
投稿者: pyu_pyu_kitakaze 投稿日時: 2005/08/16 03:30 投稿番号: [173802 / 177456]
新自由主義のイデオロギー−「小さな政府」選択の国民投票
(抜き書き)
〜客観的に眺めれば「負け組」になるのが当然の学歴なり能力なりの者たちが、ただ年齢の若さだけに依拠して、自分は「勝ち組」になるものと錯覚し、社会福祉の廃絶を政治主張している。ブログで咆哮している無学で粗暴な若い新自由主義者たちの姿は、まるで竹中平蔵を毛沢東語録のように振り翳して文化大革命をやっている紅衛兵のようだ。発狂している。考えてみれば原理主義者というものは、イスラム原理主義であれ、紅衛兵であれ、市場原理主義であれ、どこか精神の正常な均衡を欠いているのだろう。
世に倦む日々
http://●●●.exblog.jp/3302826#3302826_1
(“●●●”に“critic”を入れる。)
___________________
2415 雑談 (キタノ)@管理人
みなさん、相手にする人や場所を選びましょう。みなさんはそうする実力を持っている方ばかりのはずです。
敵は高いビルで安楽イスに座って「勝者が勝ちつづけるルール」を運営している連中であって、下らない議論で自己愛を満たしたり心に障壁を作って観念ゲームを楽しむ幼児を相手にしても仕方ありません。そういうコドモは放っておけば勝手に消えていきます。あるいは自分で消えることを選びます、誰かさんみたいに。
相手にして説得しなければならない相手は、権力を手にして高いビルの安楽イスに座っている連中を動かす実力と理性のある市民であって、言葉のゲームを楽しんでいる人ではない。そう思いませんか? 少なくとも私はそうです。
ゲームを楽しみたい人は、黒板色でも壷でもどこでも良いですが、ゲームを楽しむところに行って好きなだけゲームを楽しめばよろしい。ゲームはゲーム。現実(リアル)はゲームのルールを変えることはできるけれど、ゲームでリアルのルールは決して変らない。
私は現実(リアル)がどうなるかに関心がありますが、脳の中にしか存在しない観念のゲームには関心がありません。
現実に傍観する者は、現実を手に入れることはあり得ない。現実(リアル)という決闘に参加し、敗北すれば現実(リアル)を失う覚悟がある決闘者だけが、現実(リアル)を手にする可能性がある。そう思います。
「学園という庭にいる限り、人は大人にはならないのさ」(榎戸洋司/少女革命ウテナ)
Re-anger
http://kitanok.at.infoseek.co.jp/
___________________
2005-08-14 シリーズ、『市民政治』の再生を考える[号外、補遺]
(抜き書き)
〜このような精神環境がもたらすのが「思考停止」という心性であり、「歴史から学び原点から考える」という謙虚な思考習慣の放棄です。リーダーたちもこのことと無縁ではあり得ません。
今回の「郵政」に限らず、「大きな政府か小さな政府か!」などの二者択一的ワンフレーズで国民一般を誑かす小泉流に似たマインドコントロールを利用する宣伝型の政治手法は、仮に民主党へ政権が移っても継承されることになるでしょう。
つまり、モノゴトの原点を考えるという習慣が彼らの身についていないから日本の多くのリーダーは新しい国のあり方とガバナンスの方法を明快に示せないのです。
だから、我われは「大きな政府か小さな政府か!」などの呪文(詭弁)の前で思考停止することがなければ、新しい「モデラートな政府」に関する多様な理念や価値観を充実させる方法に気づくはずです。
toxandriaの日記
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050814/p1
(抜き書き)
〜客観的に眺めれば「負け組」になるのが当然の学歴なり能力なりの者たちが、ただ年齢の若さだけに依拠して、自分は「勝ち組」になるものと錯覚し、社会福祉の廃絶を政治主張している。ブログで咆哮している無学で粗暴な若い新自由主義者たちの姿は、まるで竹中平蔵を毛沢東語録のように振り翳して文化大革命をやっている紅衛兵のようだ。発狂している。考えてみれば原理主義者というものは、イスラム原理主義であれ、紅衛兵であれ、市場原理主義であれ、どこか精神の正常な均衡を欠いているのだろう。
世に倦む日々
http://●●●.exblog.jp/3302826#3302826_1
(“●●●”に“critic”を入れる。)
___________________
2415 雑談 (キタノ)@管理人
みなさん、相手にする人や場所を選びましょう。みなさんはそうする実力を持っている方ばかりのはずです。
敵は高いビルで安楽イスに座って「勝者が勝ちつづけるルール」を運営している連中であって、下らない議論で自己愛を満たしたり心に障壁を作って観念ゲームを楽しむ幼児を相手にしても仕方ありません。そういうコドモは放っておけば勝手に消えていきます。あるいは自分で消えることを選びます、誰かさんみたいに。
相手にして説得しなければならない相手は、権力を手にして高いビルの安楽イスに座っている連中を動かす実力と理性のある市民であって、言葉のゲームを楽しんでいる人ではない。そう思いませんか? 少なくとも私はそうです。
ゲームを楽しみたい人は、黒板色でも壷でもどこでも良いですが、ゲームを楽しむところに行って好きなだけゲームを楽しめばよろしい。ゲームはゲーム。現実(リアル)はゲームのルールを変えることはできるけれど、ゲームでリアルのルールは決して変らない。
私は現実(リアル)がどうなるかに関心がありますが、脳の中にしか存在しない観念のゲームには関心がありません。
現実に傍観する者は、現実を手に入れることはあり得ない。現実(リアル)という決闘に参加し、敗北すれば現実(リアル)を失う覚悟がある決闘者だけが、現実(リアル)を手にする可能性がある。そう思います。
「学園という庭にいる限り、人は大人にはならないのさ」(榎戸洋司/少女革命ウテナ)
Re-anger
http://kitanok.at.infoseek.co.jp/
___________________
2005-08-14 シリーズ、『市民政治』の再生を考える[号外、補遺]
(抜き書き)
〜このような精神環境がもたらすのが「思考停止」という心性であり、「歴史から学び原点から考える」という謙虚な思考習慣の放棄です。リーダーたちもこのことと無縁ではあり得ません。
今回の「郵政」に限らず、「大きな政府か小さな政府か!」などの二者択一的ワンフレーズで国民一般を誑かす小泉流に似たマインドコントロールを利用する宣伝型の政治手法は、仮に民主党へ政権が移っても継承されることになるでしょう。
つまり、モノゴトの原点を考えるという習慣が彼らの身についていないから日本の多くのリーダーは新しい国のあり方とガバナンスの方法を明快に示せないのです。
だから、我われは「大きな政府か小さな政府か!」などの呪文(詭弁)の前で思考停止することがなければ、新しい「モデラートな政府」に関する多様な理念や価値観を充実させる方法に気づくはずです。
toxandriaの日記
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050814/p1
これは メッセージ 173801 (pyu_pyu_kitakaze さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/bpjfa4lla5fa5m_1/173802.html