おさる考
投稿者: kisimenjp 投稿日時: 2004/01/07 15:40 投稿番号: [161904 / 177456]
皆様明けましておめでとうございます。
今年の干支は「申」だそうで、それにちなみ申について若干の考察を試みるのも
年の初めのお慰みとなりますか?
テレビの正月番組で下北半島の猿の群れの四季に渡ったドキュメンタリーを見た。
人間に一番近い動物と言う事でその生き方には似通ったものを感じる。
群れを造りボスが存在し社会的取り決めもあるようだ。
驚いたのは群れが大きくなるとエサとの兼ね合いで分裂することだ。
下北半島という狭い環境での出来事であるが、人間とて今のところ地球と言う限られた
環境でしか生きられない、それぞれ群れが分裂した状況が現在の「国」であろう。
さしずめ現在のボスはアメリカである、猿社会でも暴力はあり秩序の維持にはボスの
大きな暴力が必要となる、まあ充分な威嚇で治まる所が違うのだが。
もう一つ猿の取り決めにエサを手に持っている限りそれを横取りしてはいけない事だ。
人間社会では個人、国を問わず横取りするケースが多いように思う。
徹底的に違うのは蓄積の思想が無い事だろう、四季に営みに合わせ自然の恵みに生き方を
合わせている。
「世界システム論」や「資本主義」、「社会主義」もないであろう。
文明があるのは人間の特徴で猿には必要ないのであろうが、その文明の利器が「凶器」に
変貌するのはなんとも皮肉な進歩である。
さて分かれた群れがボス的存在の群れとどう関わるか、それが現在このトピでもテーマとなる
戦争行為となる訳だが、猿の場合それぞれが生きる為の分裂であり「自由と民主主義」を
必要としない。
ましてやその為の戦争など本能からも許されない事である。
きっとお互いにエサ不足となった場合には自然の摂理に合わせるだけであろう。
「「申」と書かれた新しい肌着を身に着けると病が去るといわれいいます。」と干支に合わせた
縁起が現在でもあるそうだ、人間が生きる事の不条理から生まれたものであろうが
願わくば「申年」にちなんで地球上から争いの「去る」ことを願いたい、しかしこれも
縁起にすがるしかないたわごとかもしれない。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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