テロを肯定するryuuyuuressi
投稿者: stwmpxqmwts 投稿日時: 2003/09/14 20:43 投稿番号: [159538 / 177456]
世界人権宣言のこれ、
Whereas it is essential, if man is not to be compelled to have recourse, as a last resort, to rebellion against tyranny and oppression, that human rights should be protected by the rule of law,
は抵抗権や革命権をみとめているのか?
そうはとても思えない。
仮にそうだとしても、どこにも人を殺して良いとは書いてない。
>現代の国家は、英国であれ、フランスであれ、米国であれ、…日本であれ、
>市民革命なり、植民地の独立戦争を経験して、初めて、成立している
市民革命の土台となった近代自然法思想では、、自然権論・社会契約論が重要な位置を占めていたはず。
社会契約論というのだから、当然社会の多数の承認が必要な要件である。
一番わかりやすい、アメリカの独立宣言のもとになったヴァージニアの権利の章典にはこう書いてある。
「いかなる政府でも、それがこれらの目的に反するか、あるいは不十分であることが認められた場合には、
社会の多数のものは、その政府を改良し、改変し、あるいは廃止する権利を有する。」(『世界人権宣言集』)
多数のものの合意で社会契約は成立する。
少数派の抵抗の場合でも、ある程度多数が承認する正当な理由が必要。
恣意的に少数者が抵抗したり革命するのは、認められないものと思われる。
それしても抵抗権を行使するとして、非戦闘員の市民・女・子供に対するテロ攻撃を、権利として認めてはいない。
パレスチナの二本足ミサイルテロ攻撃は、パレスチナ人の多数の決定を経たものなのか?
そうだとしたら、いったいいつパレスチナ人はイスラエルの市民・女・子供を狙っても良いと議決したのか?
そんな愚かな議決をするほど、パレスチナ人は馬鹿なのか?
逆に、多数でなくても、少数者が不満を感じるという「理由があって」、それで好き勝手にテロ攻撃が許されるというのならば、
右翼が外務省の官僚の田中に不満を感じて、抵抗するという「理由をもって」テロを行なっても、なんら問題はないことになってしまう。
パレスチナ人の個人的なテロを肯定するのならば、日本人の外務省の役人に対する個人的なテロを非難する理由はないはずである。
それともパレスチナ人はよくて、日本人はしてはいけないというのであれば、それこそ世界人権宣言の権利の平等に反している。
>そんな地域に、抵抗運動、独立運動が残っているのではないか。抵抗権や革命権は、人権。
人権宣言集には抵抗権・革命権については書いてあるが、それを理由にテロをしてもよい権利についてはどこにも書いてない。
どの国の抵抗運動、独立運動を見ても、
アメリカ・イギリス・フランス・日本どこでも、
市民・女・子供の非戦闘員を狙い撃ちするような卑劣なテロ攻撃は、滅多にない。
(アメリカの原爆・都市攻撃を持ち出すだろうけど、それは戦争の一環で、テロとは話が違いややこしくなるだけ)
結局、抵抗権・革命権としてテロを肯定すれば、右翼のテロも認めざるをえなくなる。
だからryuuyuuressiは、テロの暴力を肯定している。
この一点では、石原知事となんら変わりはない。
ryuuyuuressiは、テロ幇助罪で警察に出頭して自首するべき。
そうでなければ、「テロをあおり容認する発言であり絶対におかしい。撤回を求めたい」。
Whereas it is essential, if man is not to be compelled to have recourse, as a last resort, to rebellion against tyranny and oppression, that human rights should be protected by the rule of law,
は抵抗権や革命権をみとめているのか?
そうはとても思えない。
仮にそうだとしても、どこにも人を殺して良いとは書いてない。
>現代の国家は、英国であれ、フランスであれ、米国であれ、…日本であれ、
>市民革命なり、植民地の独立戦争を経験して、初めて、成立している
市民革命の土台となった近代自然法思想では、、自然権論・社会契約論が重要な位置を占めていたはず。
社会契約論というのだから、当然社会の多数の承認が必要な要件である。
一番わかりやすい、アメリカの独立宣言のもとになったヴァージニアの権利の章典にはこう書いてある。
「いかなる政府でも、それがこれらの目的に反するか、あるいは不十分であることが認められた場合には、
社会の多数のものは、その政府を改良し、改変し、あるいは廃止する権利を有する。」(『世界人権宣言集』)
多数のものの合意で社会契約は成立する。
少数派の抵抗の場合でも、ある程度多数が承認する正当な理由が必要。
恣意的に少数者が抵抗したり革命するのは、認められないものと思われる。
それしても抵抗権を行使するとして、非戦闘員の市民・女・子供に対するテロ攻撃を、権利として認めてはいない。
パレスチナの二本足ミサイルテロ攻撃は、パレスチナ人の多数の決定を経たものなのか?
そうだとしたら、いったいいつパレスチナ人はイスラエルの市民・女・子供を狙っても良いと議決したのか?
そんな愚かな議決をするほど、パレスチナ人は馬鹿なのか?
逆に、多数でなくても、少数者が不満を感じるという「理由があって」、それで好き勝手にテロ攻撃が許されるというのならば、
右翼が外務省の官僚の田中に不満を感じて、抵抗するという「理由をもって」テロを行なっても、なんら問題はないことになってしまう。
パレスチナ人の個人的なテロを肯定するのならば、日本人の外務省の役人に対する個人的なテロを非難する理由はないはずである。
それともパレスチナ人はよくて、日本人はしてはいけないというのであれば、それこそ世界人権宣言の権利の平等に反している。
>そんな地域に、抵抗運動、独立運動が残っているのではないか。抵抗権や革命権は、人権。
人権宣言集には抵抗権・革命権については書いてあるが、それを理由にテロをしてもよい権利についてはどこにも書いてない。
どの国の抵抗運動、独立運動を見ても、
アメリカ・イギリス・フランス・日本どこでも、
市民・女・子供の非戦闘員を狙い撃ちするような卑劣なテロ攻撃は、滅多にない。
(アメリカの原爆・都市攻撃を持ち出すだろうけど、それは戦争の一環で、テロとは話が違いややこしくなるだけ)
結局、抵抗権・革命権としてテロを肯定すれば、右翼のテロも認めざるをえなくなる。
だからryuuyuuressiは、テロの暴力を肯定している。
この一点では、石原知事となんら変わりはない。
ryuuyuuressiは、テロ幇助罪で警察に出頭して自首するべき。
そうでなければ、「テロをあおり容認する発言であり絶対におかしい。撤回を求めたい」。
これは メッセージ 159537 (ryuuyuuressi さん)への返信です.
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