類は友を呼ぶ
投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2003/08/05 19:42 投稿番号: [158824 / 177456]
こんにちは、 adventureoftheultraworldさん
> たしか、ホエイ師殺害直後の「ニューズウィーク」に
> サドルが、いかにとんでもない男なのか、というを読みました。
おっと、ニューズウィークにもありましたね、『警察は先週、4人の容疑者を逮捕し、いずれもサドルの支持者であることを突き止めた。だがサドルは、殺したのは「私の支持者ではない」と本誌に語り、自分はホエイを助けようとしたと主張した。www.nwj.ne.jp/public/toppage/20030521articles/IR_jkn.html 』。
言動不一致も甚だしいが、日頃、「世論を尊重せよ、市民の声に耳を傾けろ」と言っておきながら、何故か我々、一般人から批判的な意見が出ても、尊重もせず、耳を傾けようともしない方には、好ましく見えるようですね。
また、デジタル化されたものに対する厳密な著作権の運用に、私は疑問を感じますが、それでもただ自分の自己顕示欲のためだけに転載するのは、ならず者以外の何者でもない明白です。しかし本人は、米国はならず者だと放言し、個人を尊重せよと言いながら、実は著作権が個人の権利の範疇であるという考えすら知らない。
ようするに、「もっとよこせー、もっとよこせー」と言っているに過ぎない。まさに無責任、無自覚、無礼とまったく空虚な存在です。
たいして関係ないのですが最近読んだ本から思うに、民主主義というのは単一民族と呼べるような、あるいは多民族であっても島国であったり、山脈に囲まれたりしていれば、(資本主義ではなくあくまで民主主義を)定着させるだけならそれほど難しい事ではないようです。しかし多民族人工国家イラクの場合、アラブ/イスラムへの帰属が、国民意識の形成を妨げており、独裁制を除く如何なる政体でも分裂しやすい傾向にあります。
それでも文明発祥の地など利用して国民意識を高めるには、公教育が重要になってくる。ところがこのイラク・ナショナリズムへの行為は、自然発生的、オリジナルの共同体を破壊する行為でもあるの。そのため、ある民族がイラク社会から疎外されたとストレスを感じることで発生するサブ・ナショナリズムを抑えるため、社会的階級の流動性を確保するためにも、公教育が重要になってくる。
しかし、宗教的共同体というのも、実はオリジナルの共同体を破壊、乗っ取る(偶像崇拝を止めろ、その様な悪しき慣習を廃止しろ)点や個人の帰属意識という点でもナショナリズムと競合しており、激しく対立する。
公教育を受けた、特に絶対性や真理を愛する科学者や技術者のような知識層から、人間の理性や啓蒙主義もたらす厄災に幻滅して、宗教に回帰する人たちが出てくる。
回帰すると言っても彼らは、土着化あるいは権威主義化したではなく、つまりある意味で理性によって洗練された部分を嫌い、自ら経典を読解して原初の姿の宗教に帰り、共同体も本来の姿に戻そうと行動する。(ただし、イラクの場合シーア派は多数派でもあるので、シーア派全体が分裂を望まなければ自己抑制が働くかもしれない。)
かつて、ヒューマニストのエラスムスとプロテスタントのルターも、同じように教会改革の必要性を訴えたが、神の恩恵と人間の理性によってカソリックを改革できるとしたエラスムスに対して、ルターは神にのみ絶対帰依し、カソリックから離れていった。
人間の尊厳と神の権威との争いは永遠に続くのかもしれない。
> たしか、ホエイ師殺害直後の「ニューズウィーク」に
> サドルが、いかにとんでもない男なのか、というを読みました。
おっと、ニューズウィークにもありましたね、『警察は先週、4人の容疑者を逮捕し、いずれもサドルの支持者であることを突き止めた。だがサドルは、殺したのは「私の支持者ではない」と本誌に語り、自分はホエイを助けようとしたと主張した。www.nwj.ne.jp/public/toppage/20030521articles/IR_jkn.html 』。
言動不一致も甚だしいが、日頃、「世論を尊重せよ、市民の声に耳を傾けろ」と言っておきながら、何故か我々、一般人から批判的な意見が出ても、尊重もせず、耳を傾けようともしない方には、好ましく見えるようですね。
また、デジタル化されたものに対する厳密な著作権の運用に、私は疑問を感じますが、それでもただ自分の自己顕示欲のためだけに転載するのは、ならず者以外の何者でもない明白です。しかし本人は、米国はならず者だと放言し、個人を尊重せよと言いながら、実は著作権が個人の権利の範疇であるという考えすら知らない。
ようするに、「もっとよこせー、もっとよこせー」と言っているに過ぎない。まさに無責任、無自覚、無礼とまったく空虚な存在です。
たいして関係ないのですが最近読んだ本から思うに、民主主義というのは単一民族と呼べるような、あるいは多民族であっても島国であったり、山脈に囲まれたりしていれば、(資本主義ではなくあくまで民主主義を)定着させるだけならそれほど難しい事ではないようです。しかし多民族人工国家イラクの場合、アラブ/イスラムへの帰属が、国民意識の形成を妨げており、独裁制を除く如何なる政体でも分裂しやすい傾向にあります。
それでも文明発祥の地など利用して国民意識を高めるには、公教育が重要になってくる。ところがこのイラク・ナショナリズムへの行為は、自然発生的、オリジナルの共同体を破壊する行為でもあるの。そのため、ある民族がイラク社会から疎外されたとストレスを感じることで発生するサブ・ナショナリズムを抑えるため、社会的階級の流動性を確保するためにも、公教育が重要になってくる。
しかし、宗教的共同体というのも、実はオリジナルの共同体を破壊、乗っ取る(偶像崇拝を止めろ、その様な悪しき慣習を廃止しろ)点や個人の帰属意識という点でもナショナリズムと競合しており、激しく対立する。
公教育を受けた、特に絶対性や真理を愛する科学者や技術者のような知識層から、人間の理性や啓蒙主義もたらす厄災に幻滅して、宗教に回帰する人たちが出てくる。
回帰すると言っても彼らは、土着化あるいは権威主義化したではなく、つまりある意味で理性によって洗練された部分を嫌い、自ら経典を読解して原初の姿の宗教に帰り、共同体も本来の姿に戻そうと行動する。(ただし、イラクの場合シーア派は多数派でもあるので、シーア派全体が分裂を望まなければ自己抑制が働くかもしれない。)
かつて、ヒューマニストのエラスムスとプロテスタントのルターも、同じように教会改革の必要性を訴えたが、神の恩恵と人間の理性によってカソリックを改革できるとしたエラスムスに対して、ルターは神にのみ絶対帰依し、カソリックから離れていった。
人間の尊厳と神の権威との争いは永遠に続くのかもしれない。
これは メッセージ 158785 (adventureoftheultraworld さん)への返信です.
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