>有事関連法案 (とは関係ないが)
投稿者: katakurichan2 投稿日時: 2003/05/29 22:45 投稿番号: [157135 / 177456]
>争いというものは、傍観者からみれば愚かなものです。
>しかし、当事者には避けられないと思える。
>今後もそれの繰り返し。
戦争というのは、愚かな決断をした人間と、被害の当事者となる人間は、別個の人間ですよね。「当事者には避けられない」というのは、いったいどちらの人間を当事者と呼びますか。「避けられない」というなら、戦争を決断したわけでも支持したわけでもない人間だって、当事者になりえます。それは、愚かとは言わないでしょう。
私が愚かだと言っているのは、戦争を決断する、遂行する、支持する、そして、その歴史に疑いをもたないという行為です。傍観者でない、被害の当事者にとって、また必死で止めようとしている人間の目にとって、そういう行為は極めて「愚か」にうつりますよ。
私は、単なる「争い」の意味を否定するつもりはありませんが、戦争という、組織的・集団的な殺し合いは、単なる「争い」とは違います。「歴史的にみて」などという観念で語れるほど、戦争が過去のものになっているでしょうか。悲惨さや苦しみから目を逸らすために、そうした、「観念で語る」という心理的クッションを用いようというものでしょうか。
>価値観や考え方が違うからこそ、この世界は・・・という話になるわけです。
考え方や価値観が違う世界を認めるなら、違う人間を殺すことはないでしょう。おっしゃっている意味がよくわかりません。
>では、平和を求める国々が核を廃絶したとしましょう。
>おそらく北朝鮮はニンマリして開発し続けるでしょうな。
>少なくとも、宇宙人来襲よりは、はるかに可能性は高い。
開発し続ける可能性を、どの程度にみるかは別として、「相手が開発し続けるとみる」という前提からは、「だからこちらも廃絶しない」という結論しか無いのですか。
だったら、これからも「愚かな繰り返し」を続けるだけですね。仲間に入りたくないですけど。すんごくイヤ。
これは メッセージ 157122 (theme_from_papillon さん)への返信です.
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