国立博物館・文化財略奪
投稿者: lovepeacemama 投稿日時: 2003/04/16 21:53 投稿番号: [155793 / 177456]
[毎日新聞]
[追跡・イラク戦争]国立博物館・文化財略奪 「米兵、見てるだけ」
◇攻略速すぎ、配備後手に
古代メソポタミア文明発祥の地として「文明の揺りかご」と呼ばれるイラク。人類史上、貴重な意味を持つ文化財が戦争による混乱の中、略奪された。当時、バグダッド中心部にあるイラク国立博物館で警備にあたっていた職員らの証言から、付近に展開する米軍部隊が博物館からの警備協力の要請に応じず、略奪を阻止できなかった可能性が浮上している。冷淡な米軍の対応に、イラクの考古学関係者は対米不信を深めている。
戦争中、イラク博物館では二つの入り口にそれぞれ考古学者、モフセン・カードムさん(50)と警備員、アブドラフマン・アブアラフさん(60)を配置していた。カードムさんによると、バグダッド陥落翌日の今月10日午前8時前、博物館の周りを数千人の群衆が取り囲み、侵入を試みた。イラクの警察官は前日に姿を消し、付近には米軍の戦車3両と機関銃を持った米兵数人がいた。
警棒しか持っていなかったカードムさんは不安になり、米軍付きのクウェート人通訳を通じて「このままでは、展示品が狙われる。警備してくれ」と米兵に頼んだ。しかし、カードムさんは「米兵は何もしてくれなかった。威嚇射撃さえしなかった」と証言する。
午前8時ごろ、群衆が門扉をこじ開け、一斉に博物館の敷地になだれ込み、ドアや窓ガラスを割って中に侵入した。止めようとしたカードムさんはもみ合いとなり、右手の薬指と右脚に軽いけがをした。「それでも、米兵は見ているだけだった。イラクに武力で侵攻したのなら米軍こそ、歴史遺産を守る義務があったはずだ。群衆の中には『米軍が博物館に入ることを許した』と話す者さえいた」と悔しがる。
□ □
イラク文化省考古学・遺産庁のドニー・ジョージ調査研究部長(52)は今年2月、毎日新聞の取材に、米軍による空爆と地上戦に備え、イラク当局が国内に散在する遺跡から文化財の避難を秘密裏に開始していることを明らかにした。文化遺産に大きな被害が出た91年の湾岸戦争が教訓だった。
だが、博物館は略奪され、見る影もない。略奪にあった展示品の数や詳細は不明だが、博物館の事務所棟でドニー部長は「全人類の歴史の中でも最も貴重な遺産である紀元前3200年のつぼと、紀元前2500年のブロンズの像が盗まれた。人類にとっての大きな損失だ」とうなだれた。
ドニー部長は「手口から見て、専門家が多数いた。連中は何が目当てなのかを熟知していた」と語る。一般人には価値も分からない貴重な本などが狙われ、図書室の蔵書は跡形もなくなった。重要な文化財は空爆の被害を避けるため、発泡スチロールなどに包み地下倉庫に隠しておいたが、それも発見され盗まれた。
文化省考古学・遺産庁のジャビル・ハリル・イブラヒム長官とドニー部長は13日正午、パレスチナホテルのバグダッド駐留米軍を訪れた。博物館で略奪を免れた文化財を守るために、装甲車を送ってもらう約束を米軍大佐から取り付けたという。「だが、14日午前になっても誰も来ない」とドニー部長は憤慨する。
14日、博物館を訪れたイラク警察の犯罪担当、アキール・スベイディ氏は「我々は、米軍が近づくまでは、博物館の警備に責任を負っていた。しかし、米軍はイラクの治安・警察を最初の攻撃目標にし、9日の時点でこの周辺の警備が不可能になった」と語る。
□ □
「ブッシュ政権のイラクにおける軍事、政治目標に重大な影響を与えかねない」。13日付のワシントン・ポスト紙は、博物館略奪を含むバグダッド市内の混乱で、軍の無策を批判。ラムズフェルド米国防長官は13日、米NBCテレビの番組で「(略奪を)許したわけではない。起こってしまった。(政権移行の)過渡期で、誰も統制下にいない」と弁明した。
米軍が略奪行為を抑えられない背景には、米軍のバグダッド攻略の速度が速すぎ、地上軍の配備が追いつかなかったことがある。陥落後の治安維持も含めイラク全土で15万〜17万人の兵力が必要とされた。ところが陥落時点の兵力は、12万5000人しかいなかった。
しかも米軍は、石油省や内務省などを重点的に警備。博物館や病院、商店街など市民生活に身近な施設の警備は手薄で、バグダッド市民の反感を強めているのが現実だ。【バグダッド福島良典、小倉孝保】
(2003年4月15日毎日新聞朝刊から)
http://www.mainichi.co.jp/news/article/200304/15m/023.html
[追跡・イラク戦争]国立博物館・文化財略奪 「米兵、見てるだけ」
◇攻略速すぎ、配備後手に
古代メソポタミア文明発祥の地として「文明の揺りかご」と呼ばれるイラク。人類史上、貴重な意味を持つ文化財が戦争による混乱の中、略奪された。当時、バグダッド中心部にあるイラク国立博物館で警備にあたっていた職員らの証言から、付近に展開する米軍部隊が博物館からの警備協力の要請に応じず、略奪を阻止できなかった可能性が浮上している。冷淡な米軍の対応に、イラクの考古学関係者は対米不信を深めている。
戦争中、イラク博物館では二つの入り口にそれぞれ考古学者、モフセン・カードムさん(50)と警備員、アブドラフマン・アブアラフさん(60)を配置していた。カードムさんによると、バグダッド陥落翌日の今月10日午前8時前、博物館の周りを数千人の群衆が取り囲み、侵入を試みた。イラクの警察官は前日に姿を消し、付近には米軍の戦車3両と機関銃を持った米兵数人がいた。
警棒しか持っていなかったカードムさんは不安になり、米軍付きのクウェート人通訳を通じて「このままでは、展示品が狙われる。警備してくれ」と米兵に頼んだ。しかし、カードムさんは「米兵は何もしてくれなかった。威嚇射撃さえしなかった」と証言する。
午前8時ごろ、群衆が門扉をこじ開け、一斉に博物館の敷地になだれ込み、ドアや窓ガラスを割って中に侵入した。止めようとしたカードムさんはもみ合いとなり、右手の薬指と右脚に軽いけがをした。「それでも、米兵は見ているだけだった。イラクに武力で侵攻したのなら米軍こそ、歴史遺産を守る義務があったはずだ。群衆の中には『米軍が博物館に入ることを許した』と話す者さえいた」と悔しがる。
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イラク文化省考古学・遺産庁のドニー・ジョージ調査研究部長(52)は今年2月、毎日新聞の取材に、米軍による空爆と地上戦に備え、イラク当局が国内に散在する遺跡から文化財の避難を秘密裏に開始していることを明らかにした。文化遺産に大きな被害が出た91年の湾岸戦争が教訓だった。
だが、博物館は略奪され、見る影もない。略奪にあった展示品の数や詳細は不明だが、博物館の事務所棟でドニー部長は「全人類の歴史の中でも最も貴重な遺産である紀元前3200年のつぼと、紀元前2500年のブロンズの像が盗まれた。人類にとっての大きな損失だ」とうなだれた。
ドニー部長は「手口から見て、専門家が多数いた。連中は何が目当てなのかを熟知していた」と語る。一般人には価値も分からない貴重な本などが狙われ、図書室の蔵書は跡形もなくなった。重要な文化財は空爆の被害を避けるため、発泡スチロールなどに包み地下倉庫に隠しておいたが、それも発見され盗まれた。
文化省考古学・遺産庁のジャビル・ハリル・イブラヒム長官とドニー部長は13日正午、パレスチナホテルのバグダッド駐留米軍を訪れた。博物館で略奪を免れた文化財を守るために、装甲車を送ってもらう約束を米軍大佐から取り付けたという。「だが、14日午前になっても誰も来ない」とドニー部長は憤慨する。
14日、博物館を訪れたイラク警察の犯罪担当、アキール・スベイディ氏は「我々は、米軍が近づくまでは、博物館の警備に責任を負っていた。しかし、米軍はイラクの治安・警察を最初の攻撃目標にし、9日の時点でこの周辺の警備が不可能になった」と語る。
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「ブッシュ政権のイラクにおける軍事、政治目標に重大な影響を与えかねない」。13日付のワシントン・ポスト紙は、博物館略奪を含むバグダッド市内の混乱で、軍の無策を批判。ラムズフェルド米国防長官は13日、米NBCテレビの番組で「(略奪を)許したわけではない。起こってしまった。(政権移行の)過渡期で、誰も統制下にいない」と弁明した。
米軍が略奪行為を抑えられない背景には、米軍のバグダッド攻略の速度が速すぎ、地上軍の配備が追いつかなかったことがある。陥落後の治安維持も含めイラク全土で15万〜17万人の兵力が必要とされた。ところが陥落時点の兵力は、12万5000人しかいなかった。
しかも米軍は、石油省や内務省などを重点的に警備。博物館や病院、商店街など市民生活に身近な施設の警備は手薄で、バグダッド市民の反感を強めているのが現実だ。【バグダッド福島良典、小倉孝保】
(2003年4月15日毎日新聞朝刊から)
http://www.mainichi.co.jp/news/article/200304/15m/023.html
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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