対米全面テロ

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

「やっと自由が・」体制崩壊で故国へ思い

投稿者: muneobus 投稿日時: 2003/04/11 22:11 投稿番号: [155531 / 177456]
過酷なフセイン体制から追われるように故郷を逃れ、日本に住むようになったクルド人やイラク人がいる。独裁政権が崩壊するなか、彼らは故国への思いを募らせている。   「圧政に苦しんでいたイラク人、クルド人に、やっと自由が訪れました」

  東京都内に住むクルド人女性のビィアン・ラーマンさん(32)は、遠い中東の地に思いをはせた。

  クルド人はイラクやシリア、トルコの国境地帯に約2000万―3000万人が住み、「国を持たない最大の民族」と言われる。88年、フセイン政権が化学兵器で数千人を虐殺した時の被害者だ。

  ビィアンさんの出身地はシリア国境に近いイラク北西部のシンジャー。父は政治家で、クルド人の自治拡大を求めて活動している。一家は、ビィアンさんが4歳だった1974年、政権党のバース党の迫害から逃れようと隣国イランに脱出、その後、英国に渡った。

  91年に湾岸戦争が起きると、両親はイラクに戻ったが、ビィアンさんは英国に残って勉強を続け、98年、興味を抱いた日本で金融関係の仕事についた。

  フセイン大統領の銅像が倒された9日のニュース映像は衝撃的だった。「ようやく民主的な時代が訪れようとしている」と体が震えたという。

  「すぐにクルド地域には帰りませんが、私の心はいつもクルドと共にある。今回の戦争を通して、クルド人の権利がちゃんと認められればうれしい」。ビィアンさんは力を込めた。

  埼玉県川口市に住む貿易会社社員、マーン・アジズさん(40)の声は明るい。「こんな幸せはない。新しい人生の始まりだ」

  マーンさんはイラク北部のモスルで生まれた。父親は建設会社を営んでいたが、早く死に、2人の母との間に20人の子を残した。

  「教育は身を助ける」が母2人の口ぐせで、19人が大学に進んだ。マーンさんはモスルにある大学の工学部を卒業、実家の建設会社を手伝っていたが、湾岸戦争後の経済制裁で仕事が減り、アラブ首長国連邦やカナダを転々として、昨年11月に来日した。

  「イラクには豊かな資源があります。教育レベルも高く、みな仕事熱心。フセイン政権が倒れた今、国を再建できるはず。人は生まれた所に戻るのが一番です」。マーンさんは郷里に戻り、日本との貿易の仕事を始めるのが夢だという。(読売新聞)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030411-00000310-yom-soci
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)