米国・レイチェルの思いネットで世界に
投稿者: ryuuyuuressi 投稿日時: 2003/04/08 10:14 投稿番号: [155407 / 177456]
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20030408/mng_____tokuho__000.shtml
パレスチナ『人間の盾』の死
米国人女学生レイチェル・コリーさん(23)
娘の思いネットで世界に
イラク戦争が始まる直前、一人の米国人女性の死が小さく伝えられた。レイチェル・コリーさん(23)。パレスチナの「盾」となってイスラエル軍のブルドーザーにひき殺された。彼女が現地から家族にあてた電子メールは、世界中にメーリングリストなどで今も繰り返し伝えられている。米英軍の“戦果”にかき消されまいとする「思い」とともに。 (中山洋子)
■ 無残、ブルドーザーの下敷き
ガザ南部のパレスチナ自治区にあるラファ難民キャンプで先月16日、レイチェルさんは民家を壊そうとするブルドーザーの前に立ちはだかった。ブルドーザーはそのまま前進し、下敷きにした後にバックした。イスラエル軍は「残念な事故」とコメントしている。
ワシントン州オリンピアの大学生だったレイチェルさんは1月下旬から、イスラエル軍の侵攻と封鎖が続く自治区で「国際連帯運動(ISM)」に参加していた。ISMはパレスチナ自治区で外国人が「人間の盾」となり、パレスチナ人の命と生活を守ろうとする運動で、レイチェルさんは、今回初めての参加だった。
両親は事件直後、記者会見で「以前、ISMの安全が守られるかが心配で、でもおどおどしながら議会に行った。もっとすぐに、もっと大きな声で訴えていれば、悲劇を防ぐことができたかもしれないのに…」と嘆き、米政府に「事件」の調査を求めた。レイチェルさんは、地元バスケットボールチームのメンバーで、さまざまなボランティア活動にも取り組む屈託のない女子学生だった。ベトナム戦争の元兵士だった父クレイグ氏は、当初は娘にメールをほとんど送らなかったという。「彼女の行動を怒っていたからではなく、心配しすぎて怖かったからだ」と、心情を米誌などに吐露している。
さらに、両親は「(娘のように殺された)4歳の子どもの母親と抱き合いたい」と、占領地区で現在も多数のパレスチナ人が殺されつづけている現状に目を向けるように訴える。
■ 『イラク侵攻と同じ暴力』
両親が紹介するレイチェルさんの別のメールにはこうある。
「私もダンスをしたり、ボーイフレンドをつくったり、仲間を笑わせたりしたい。でも、何より私は(この暴力を)止めたい。これは人々が求める世界ではありません。ママとパパが私を産もうと決めたときに、私を仲間入りさせたかった世界ではないはずです」
米国では当初「平和運動家」の死をわずかに伝えたが、イラク戦争の開戦とともにほとんど報じられることはなくなった。
だが、ネットを通じてその姿と「事件」は確かに伝えられている。日本でもパレスチナ問題に取り組む非政府組織(NGO)など複数のサイトで、家族にあてたレイチェルさんの電子メールが転載されている。
昨年やはりISMに参加した森沢典子氏もメーリングリストに転載した一人だ。現在、パレスチナで支援活動を続ける森沢氏は「戦車の前に立ちはだかり、兵士に直接話しかけ、人として向き合おうという運動だった。丸腰の彼女をひき殺した暴力は、普通に暮らしたいという人々の思いを打ち砕くものだ」。バグダッドに侵攻した「暴力」と同じだと話す。
両親も声明の中で訴える。「ブルドーザーに乗っていた若者が立ち止まって、外に出て、娘と言葉を交わしていたら…」
米国がその日失ったのは「平和活動家」ではない。人間を信じていた一人の普通の学生だった。
■ 家族あてのメール抜粋(2月7日付)
(後 略)
● まだまだ、長くなりそうだ。
続きは、またとしよう。
お急ぎの方は、記事の方をご覧ください。
パレスチナ『人間の盾』の死
米国人女学生レイチェル・コリーさん(23)
娘の思いネットで世界に
イラク戦争が始まる直前、一人の米国人女性の死が小さく伝えられた。レイチェル・コリーさん(23)。パレスチナの「盾」となってイスラエル軍のブルドーザーにひき殺された。彼女が現地から家族にあてた電子メールは、世界中にメーリングリストなどで今も繰り返し伝えられている。米英軍の“戦果”にかき消されまいとする「思い」とともに。 (中山洋子)
■ 無残、ブルドーザーの下敷き
ガザ南部のパレスチナ自治区にあるラファ難民キャンプで先月16日、レイチェルさんは民家を壊そうとするブルドーザーの前に立ちはだかった。ブルドーザーはそのまま前進し、下敷きにした後にバックした。イスラエル軍は「残念な事故」とコメントしている。
ワシントン州オリンピアの大学生だったレイチェルさんは1月下旬から、イスラエル軍の侵攻と封鎖が続く自治区で「国際連帯運動(ISM)」に参加していた。ISMはパレスチナ自治区で外国人が「人間の盾」となり、パレスチナ人の命と生活を守ろうとする運動で、レイチェルさんは、今回初めての参加だった。
両親は事件直後、記者会見で「以前、ISMの安全が守られるかが心配で、でもおどおどしながら議会に行った。もっとすぐに、もっと大きな声で訴えていれば、悲劇を防ぐことができたかもしれないのに…」と嘆き、米政府に「事件」の調査を求めた。レイチェルさんは、地元バスケットボールチームのメンバーで、さまざまなボランティア活動にも取り組む屈託のない女子学生だった。ベトナム戦争の元兵士だった父クレイグ氏は、当初は娘にメールをほとんど送らなかったという。「彼女の行動を怒っていたからではなく、心配しすぎて怖かったからだ」と、心情を米誌などに吐露している。
さらに、両親は「(娘のように殺された)4歳の子どもの母親と抱き合いたい」と、占領地区で現在も多数のパレスチナ人が殺されつづけている現状に目を向けるように訴える。
■ 『イラク侵攻と同じ暴力』
両親が紹介するレイチェルさんの別のメールにはこうある。
「私もダンスをしたり、ボーイフレンドをつくったり、仲間を笑わせたりしたい。でも、何より私は(この暴力を)止めたい。これは人々が求める世界ではありません。ママとパパが私を産もうと決めたときに、私を仲間入りさせたかった世界ではないはずです」
米国では当初「平和運動家」の死をわずかに伝えたが、イラク戦争の開戦とともにほとんど報じられることはなくなった。
だが、ネットを通じてその姿と「事件」は確かに伝えられている。日本でもパレスチナ問題に取り組む非政府組織(NGO)など複数のサイトで、家族にあてたレイチェルさんの電子メールが転載されている。
昨年やはりISMに参加した森沢典子氏もメーリングリストに転載した一人だ。現在、パレスチナで支援活動を続ける森沢氏は「戦車の前に立ちはだかり、兵士に直接話しかけ、人として向き合おうという運動だった。丸腰の彼女をひき殺した暴力は、普通に暮らしたいという人々の思いを打ち砕くものだ」。バグダッドに侵攻した「暴力」と同じだと話す。
両親も声明の中で訴える。「ブルドーザーに乗っていた若者が立ち止まって、外に出て、娘と言葉を交わしていたら…」
米国がその日失ったのは「平和活動家」ではない。人間を信じていた一人の普通の学生だった。
■ 家族あてのメール抜粋(2月7日付)
(後 略)
● まだまだ、長くなりそうだ。
続きは、またとしよう。
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これは メッセージ 155378 (ryuuyuuressi さん)への返信です.
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