ソマリアの成り立ちと歴史
投稿者: tero_9_11 投稿日時: 2002/12/21 16:08 投稿番号: [150924 / 177456]
「アフリカの角(つの)」と呼ばれるソマリ半島の大部分を占めるソマリアは、1960年6月から7月にかけて、英国保護領ソマリランド(北部ソマリア)とイタリア信託統治領ソマリア(南部ソマリア)とが独立合併して誕生した。ちなみにもうひとつのフランス領ソマリランド(北西部ソマリア)も、1977年6月にジブチとして独立している。
その後、小部族政党の乱立による政治の不安定化や無血クーデターなどを経て、1970年10月には社会主義国家としての道を歩み始めた。だがその道はけっして平坦ではなく、途中、エチオピア・ケニア・ジブチに分散しているソマリ族を結集する「大ソマリア主義」を打ち出してエチオピアに侵攻したり、ソ連との蜜月時代と一転した反ソ姿勢による条約破棄、米軍への基地提供協定、複数の反政府勢力の武装蜂起などを経てきた。
1991年1月には、ソマリアを支配していた強権的なバーレ社会主義政権が、反政府勢力の統一ソマリア会議(USC)による首都制圧で崩壊した。ところが、政権打倒で協力し合ってきた各「氏族」の30を越える軍閥間で抗争が激化、内戦状態へと陥った。このため国家としてのインフラは破壊され、人口の半分に相当する400万人以上が飢餓状態に追い込まれ、難民流出も100万人を越えた。
国連などはソマリアに援助物資を送ったが、それらは軍閥の搾取にあって民衆には届かず、状況は好転しなかった。その軍閥の中でもっとも力を持っていたのが、元USC議長でハウィヤ氏族を基盤とするアイディード将軍であった。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/bpjfa4lla5fa5m_1/150924.html