>イスラエルを支持すれば(2)
投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2002/11/14 22:13 投稿番号: [149930 / 177456]
>庇護っていうと、昔の「王様」と「土地に縛られた農民」みたいな主従関係をイメージしてしまって奇妙な感じでいました。
農奴が解放されたフランス革命で宣言された「人および市民の権利宣言」の前文に「・・・国民議会は至高の存在の面前でかつその庇護の下に、次のような人および市民の権利を承認し、かつ宣言する」とあり続けて4条には「自由は他人を害しない全てをなし得ることに存する。・・・限界は法によってのみ、規定することができる。」と社会的自由を規定し、5〜10条で法による支配を明確に打ち出しています。そして人権の源を自然権思想に依っています。
「至高の存在」とは神さまだったりしますが、国民の総意とでも読み替えれば「お上」の国としては馴染めると思うんですけどねぇ。
>アメリカ国内をまわっていると「自らの安全は自らの責任で守らなければならない現実が身にしみる」
米国の犯罪というとアフリカ系アメリカ人の若い男性の割合が多いです。その状況の改善には、アファーマティヴ・アクションが有効だと思います。確かに福祉漬けは社会にとって有害ですが、その状態は犯罪を起こす気力も失わせます。つまり福祉と犯罪率には相関関係がありますし、過去を振り返り将来を見据えれば当然の措置だと思うのです。
ところが、これに対しては逆差別とする意見があります。個々人の権利を尊重する米国らしい訴えでもありますが、競争社会の弊害だと思います。競争、社会状態にあってホッブスがいうところの「万人による万人の戦い」では、福祉は戦う相手を利し、自らを不利な状況に置くことになります。この他にも「勝者に全てを」とか「小さな政府」なんて考えや、当初の「相互扶助」の発達が米国で福祉の充実を拒む要因になっているのかなと思います。
これが多発する犯罪の背景の一角を占めていると思います。ですが「自分の身は自分で」は、「丸太小屋は自分で」、「開墾は自分で」、「壊れた機械を直すのも自分で」など「全て自分でやる」の一部だったはずです。これだけが現在、突出して叫ばれるのは全米ライフル教会のプロパガンダだと思うんですけどね。
銃と並んで麻薬も深刻な問題になってますが、麻薬の場合は原産国、銃なんかの武器類は消費国が悪いというのが国際的な認識になっています、要するに米国は悪くない。でも野原で育つケシなんかよりも工業製品の取り締まりの方が容易なはずなのに損なことは、じゃなかった、そんな事は気にしない。それどころか紛争地に流れ込む小火器を規制しようとすると強硬に反対する。
まっ、お金の絡んだ話ですからね。
っで、「軍事力で国を守る」というのは、必勝を期すとか最期の血の一滴まで戦う意味ではありません。負けるが勝ちって時もありますからね(笑)
私は、中国が経済政策に失敗したときを想定して、中国が武力による解決に魅力を感じない軍事力を数カ国で分担する程度で十分だと思います。そもそもインドネシア辺りを除けば天然資源に恵まれてるわけではありませんし、人ばっか多いので絶対確保したいと思う国や地域はないと思います。
それに、本気で全面戦争を望むとしても、兵器の配備は可能な限り遅らせた方が良いはずなんですよ。ドイツが善戦した要因の一つに、戦勝国が旧式の武器を大量に抱え新兵器開発へのモチベーションが低下していたのに対し、ベルサイユ条約による「武器の放棄」で新兵器を持つことが出来た点があります。戦争や武器の放棄が、より大規模な戦争を生み出す証左ですね。
目的を限定すると相手も安心しますし、軍事アナリストやマニアなんか常時監視してくれます。誰よりも早く過剰な武力を指摘すれば、一目置かれる存在になりますからね。
農奴が解放されたフランス革命で宣言された「人および市民の権利宣言」の前文に「・・・国民議会は至高の存在の面前でかつその庇護の下に、次のような人および市民の権利を承認し、かつ宣言する」とあり続けて4条には「自由は他人を害しない全てをなし得ることに存する。・・・限界は法によってのみ、規定することができる。」と社会的自由を規定し、5〜10条で法による支配を明確に打ち出しています。そして人権の源を自然権思想に依っています。
「至高の存在」とは神さまだったりしますが、国民の総意とでも読み替えれば「お上」の国としては馴染めると思うんですけどねぇ。
>アメリカ国内をまわっていると「自らの安全は自らの責任で守らなければならない現実が身にしみる」
米国の犯罪というとアフリカ系アメリカ人の若い男性の割合が多いです。その状況の改善には、アファーマティヴ・アクションが有効だと思います。確かに福祉漬けは社会にとって有害ですが、その状態は犯罪を起こす気力も失わせます。つまり福祉と犯罪率には相関関係がありますし、過去を振り返り将来を見据えれば当然の措置だと思うのです。
ところが、これに対しては逆差別とする意見があります。個々人の権利を尊重する米国らしい訴えでもありますが、競争社会の弊害だと思います。競争、社会状態にあってホッブスがいうところの「万人による万人の戦い」では、福祉は戦う相手を利し、自らを不利な状況に置くことになります。この他にも「勝者に全てを」とか「小さな政府」なんて考えや、当初の「相互扶助」の発達が米国で福祉の充実を拒む要因になっているのかなと思います。
これが多発する犯罪の背景の一角を占めていると思います。ですが「自分の身は自分で」は、「丸太小屋は自分で」、「開墾は自分で」、「壊れた機械を直すのも自分で」など「全て自分でやる」の一部だったはずです。これだけが現在、突出して叫ばれるのは全米ライフル教会のプロパガンダだと思うんですけどね。
銃と並んで麻薬も深刻な問題になってますが、麻薬の場合は原産国、銃なんかの武器類は消費国が悪いというのが国際的な認識になっています、要するに米国は悪くない。でも野原で育つケシなんかよりも工業製品の取り締まりの方が容易なはずなのに損なことは、じゃなかった、そんな事は気にしない。それどころか紛争地に流れ込む小火器を規制しようとすると強硬に反対する。
まっ、お金の絡んだ話ですからね。
っで、「軍事力で国を守る」というのは、必勝を期すとか最期の血の一滴まで戦う意味ではありません。負けるが勝ちって時もありますからね(笑)
私は、中国が経済政策に失敗したときを想定して、中国が武力による解決に魅力を感じない軍事力を数カ国で分担する程度で十分だと思います。そもそもインドネシア辺りを除けば天然資源に恵まれてるわけではありませんし、人ばっか多いので絶対確保したいと思う国や地域はないと思います。
それに、本気で全面戦争を望むとしても、兵器の配備は可能な限り遅らせた方が良いはずなんですよ。ドイツが善戦した要因の一つに、戦勝国が旧式の武器を大量に抱え新兵器開発へのモチベーションが低下していたのに対し、ベルサイユ条約による「武器の放棄」で新兵器を持つことが出来た点があります。戦争や武器の放棄が、より大規模な戦争を生み出す証左ですね。
目的を限定すると相手も安心しますし、軍事アナリストやマニアなんか常時監視してくれます。誰よりも早く過剰な武力を指摘すれば、一目置かれる存在になりますからね。
これは メッセージ 149929 (marchingpeople さん)への返信です.
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