『水色の街』 歌詞解釈
投稿者: yamaokikayoko 投稿日時: 2002/11/06 13:48 投稿番号: [149465 / 177456]
この歌は『ロビンソン』に歌われている世界にタイムトリップしていると考える。
♪※川を渡る 君が住む街へ
会いたくて 今すぐ
跳びはねる心で
水色のあの街へ※
「君が住む街」は、息を引き取る「君」が川を超えて行った彼岸の街。
正宗が「今すぐ会いたい」のはそのときの「君」。
君が逝った彼岸の街…どんな場所であるかは…絶望の淵にいる二人は「君」の生前に随分と語り合ったのではないだろうか。
『夏が終わる』で表現される生き生きとしていた頃の「君」は、遠くまで続くうろこ雲の空の下で、輝く未来を目指していた。
そんな空の下描いた空色の夢も…
死によって叶えらることはなかった。
その「空色」は…二人の涙の水鏡に映った「水色」として今もある。
今からでもその場所に行けるなら…
「君」を亡くした絶望のあまりの苦しさに久しく思い出を封印して生きなければならなかった正宗が真実の心に返ったとき… 飛び跳ねるような無邪気な気持ちで正宗は「普遍愛の君」を目指して走っていた。
♪優しくなって
プレゼント持って
会いたくて
今すぐ 間違えたステップで
水色のあの街へ
ラララ・・・
病院のベッドで…「ぎりぎりの三日月」で正宗を見つめながら「普遍愛の君」は息を引き取っていった(『ロビンソン』参照)。
その瞬間はまさに悪い夢のようでもあり、夢であって欲しい現実であった。
正宗はどうすることも出来ず、ただ一緒に逝ってしまいたい気持ちの「かすんだ瞳」で君を見つめ、見送っていた。
しかし正宗は本当は「君」を彼岸の向こう岸に先回りし待ち伏せ、わっと驚かせ、生き生きとした君の「驚いた瞳」を見たかったんだ。
その気持ちは未だにずっと彼の中から消えることがないのだろう。
十年以上経ってしまった今、正宗はまたあの場面を振り返り…
大人になった今は…
待ち伏せて驚かす当時の若さとは違った「優しさ」で、君の喜ぶプレゼント(何かしらの概念)を持って…
逝ったときのあの「君」と感動の再会を果したい気持ちでいるんだ。
現実の生活の中「運命の人」という新しい女性と軌道に乗っている正宗にとって、その歩みから外れるような概念は現実的に「間違ったステップ」なのであるが、それが彼の真実なのである。
現実的概念に変換し切れない真実。
ラララ…と魂を声に歌う。
♪頸(くび)の匂い
明るい瞳
会いたくて
今すぐ 泥まみれの靴で
水色のあの街へ
ラララ・・・
(※くり返し)
「頸の匂い」というと、「首」と書くよりもよりエロティックだ。頭と体をつなぐ部分。
正宗はかつての「普遍愛の君」との「触れ合い」をイメージしている。
「明るい瞳」…元気だった頃の生身の「普遍愛の君」を。
まさに…正宗は現実に傍らにいる「運命の人」を差し置き…「普遍愛の君」との「直の触れ合い」を妄想している。
生身の「あの君」に今すぐ会いたい。
この現実離れした想いは確かにかなりの「間違った歩み」であろう。それだけに尋常ならぬ強いものを感じる。エロも含めて。
正宗の置くには…こんな「水色の街」があるのだ。
♪※川を渡る 君が住む街へ
会いたくて 今すぐ
跳びはねる心で
水色のあの街へ※
「君が住む街」は、息を引き取る「君」が川を超えて行った彼岸の街。
正宗が「今すぐ会いたい」のはそのときの「君」。
君が逝った彼岸の街…どんな場所であるかは…絶望の淵にいる二人は「君」の生前に随分と語り合ったのではないだろうか。
『夏が終わる』で表現される生き生きとしていた頃の「君」は、遠くまで続くうろこ雲の空の下で、輝く未来を目指していた。
そんな空の下描いた空色の夢も…
死によって叶えらることはなかった。
その「空色」は…二人の涙の水鏡に映った「水色」として今もある。
今からでもその場所に行けるなら…
「君」を亡くした絶望のあまりの苦しさに久しく思い出を封印して生きなければならなかった正宗が真実の心に返ったとき… 飛び跳ねるような無邪気な気持ちで正宗は「普遍愛の君」を目指して走っていた。
♪優しくなって
プレゼント持って
会いたくて
今すぐ 間違えたステップで
水色のあの街へ
ラララ・・・
病院のベッドで…「ぎりぎりの三日月」で正宗を見つめながら「普遍愛の君」は息を引き取っていった(『ロビンソン』参照)。
その瞬間はまさに悪い夢のようでもあり、夢であって欲しい現実であった。
正宗はどうすることも出来ず、ただ一緒に逝ってしまいたい気持ちの「かすんだ瞳」で君を見つめ、見送っていた。
しかし正宗は本当は「君」を彼岸の向こう岸に先回りし待ち伏せ、わっと驚かせ、生き生きとした君の「驚いた瞳」を見たかったんだ。
その気持ちは未だにずっと彼の中から消えることがないのだろう。
十年以上経ってしまった今、正宗はまたあの場面を振り返り…
大人になった今は…
待ち伏せて驚かす当時の若さとは違った「優しさ」で、君の喜ぶプレゼント(何かしらの概念)を持って…
逝ったときのあの「君」と感動の再会を果したい気持ちでいるんだ。
現実の生活の中「運命の人」という新しい女性と軌道に乗っている正宗にとって、その歩みから外れるような概念は現実的に「間違ったステップ」なのであるが、それが彼の真実なのである。
現実的概念に変換し切れない真実。
ラララ…と魂を声に歌う。
♪頸(くび)の匂い
明るい瞳
会いたくて
今すぐ 泥まみれの靴で
水色のあの街へ
ラララ・・・
(※くり返し)
「頸の匂い」というと、「首」と書くよりもよりエロティックだ。頭と体をつなぐ部分。
正宗はかつての「普遍愛の君」との「触れ合い」をイメージしている。
「明るい瞳」…元気だった頃の生身の「普遍愛の君」を。
まさに…正宗は現実に傍らにいる「運命の人」を差し置き…「普遍愛の君」との「直の触れ合い」を妄想している。
生身の「あの君」に今すぐ会いたい。
この現実離れした想いは確かにかなりの「間違った歩み」であろう。それだけに尋常ならぬ強いものを感じる。エロも含めて。
正宗の置くには…こんな「水色の街」があるのだ。
これは メッセージ 149464 (yamaokikayoko さん)への返信です.
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