Re: 9/11の日経コラムより
投稿者: nuketusetus 投稿日時: 2002/10/20 22:17 投稿番号: [148957 / 177456]
>そういう協力の仕方だと、協力するということのほうが重要で、それが問題解決につながるかどうかは二の次ってことになってしまわないでしょうか。
その「問題」って何ですか?例えば「核兵器を持つこと」こそが問題であるなら
「核兵器を持つ」米ロ英仏中だって問題な訳ですが、英ロ外相会談で英ロ両国が
核兵器を持つことを問題視すると思いますか?
英ロ外相会談における問題とは、英ロ(他、国際社会)と協調しないイラクが
(よりによってイラクが)核兵器or大量破壊兵器を開発することであって、問題は
彼らをいかにして国際協調の和の中に入れるべきか(あるいはフセイン政権を
解体しない限りはそういった将来図が描けないものなのか)でしょう。つまりは
「協調すること」が重要なんです。それでも残る問題は、協調した当事者が解決を
図れば良い。
>攻撃は最大の防御ナリ式の発想をみんなで持ったら、これまたアブナイだろーなーと思います。
「攻撃は最大の防御」は常に成り立つ防御策ではないので大丈夫じゃないですか?
テロや大量破壊兵器については攻撃は最大の防御かもしれないけど、その他の
国際的な懸案で「攻撃は最大の防御」が有利なことはほとんどないので、それを
選択する国家指導者もほとんどいないでしょうね。
>逆にいうと、2,000万人いても、それは「単なる少数意見」になってしまう?
8000万人が戦争に賛成してるという現実の前では単なる少数意見じゃないですか?
>・・・無責任でいいとは思いませんが、かといって「甘んじて受けろ」と言われても、ずいぶんと割りの合わない話だなあ、とは思います。
割に合わない話と言っても、8000万人が戦争に賛成しているにも関わらず2000万の
少数意見を重んじて事態に手をこまねく政府があったとしたら、その8000万人に
とっては割に合わない話でしょうね(笑)。
例えば戦争の結果、さらに事態が悪くなったとして、8000万人は自らの選択の
愚かさのために、2000万人はもしかしたらよりよい進路を提案できたかも知れない
のに彼らの言葉が少数派程の説得力しか持ち得なかった愚かさのために、悪化した
事態を甘んじて受けなくてはならないでしょうね。もっとも、それはマクロの
視点からであって、例えば反戦を貫いて投獄や亡命を余儀なくされた人たち個人に
「一億総ざんげ」を強いるのはナンセンスだと思いますが。
逆に戦争がよりよい事態を作ったとすれば、開戦を主張した8000万人だけでなく
少数意見の2000万人だってその「よりよい事態」の恩恵を受けられるものです。
>全ての否定をしたいとは思いませんが、しかし自明のこととして受けとめるには、荷が重過ぎるという感じです。
別に受け止めなくてもいいと思いますけどね(笑)。国家の指導者の誤りの責任が
国民に課せられないような社会モデルでも構築できれば、それはそれで立派な意見に
なるかもしれません。
>でも私にとっては戦争自体は幸せじゃない(と思う)し、
戦争自体が幸せだという人は一部だと思います。
>政治的な話を離れて、ひとつひとつの問題をそれぞれにいろんな角度から解決方法を探るということがなされるだろうと思っています。抽象的ですみませんが。
拉致された人一人一人、その家族一人一人について彼ら固有の問題があり、
それを解決するための方法が一つに決まらないのはむしろ当然のことです。
そしてそれが一つの「善悪の基準」で白黒つけられるものでないのも当然の
ことだと私は思います。
その「問題」って何ですか?例えば「核兵器を持つこと」こそが問題であるなら
「核兵器を持つ」米ロ英仏中だって問題な訳ですが、英ロ外相会談で英ロ両国が
核兵器を持つことを問題視すると思いますか?
英ロ外相会談における問題とは、英ロ(他、国際社会)と協調しないイラクが
(よりによってイラクが)核兵器or大量破壊兵器を開発することであって、問題は
彼らをいかにして国際協調の和の中に入れるべきか(あるいはフセイン政権を
解体しない限りはそういった将来図が描けないものなのか)でしょう。つまりは
「協調すること」が重要なんです。それでも残る問題は、協調した当事者が解決を
図れば良い。
>攻撃は最大の防御ナリ式の発想をみんなで持ったら、これまたアブナイだろーなーと思います。
「攻撃は最大の防御」は常に成り立つ防御策ではないので大丈夫じゃないですか?
テロや大量破壊兵器については攻撃は最大の防御かもしれないけど、その他の
国際的な懸案で「攻撃は最大の防御」が有利なことはほとんどないので、それを
選択する国家指導者もほとんどいないでしょうね。
>逆にいうと、2,000万人いても、それは「単なる少数意見」になってしまう?
8000万人が戦争に賛成してるという現実の前では単なる少数意見じゃないですか?
>・・・無責任でいいとは思いませんが、かといって「甘んじて受けろ」と言われても、ずいぶんと割りの合わない話だなあ、とは思います。
割に合わない話と言っても、8000万人が戦争に賛成しているにも関わらず2000万の
少数意見を重んじて事態に手をこまねく政府があったとしたら、その8000万人に
とっては割に合わない話でしょうね(笑)。
例えば戦争の結果、さらに事態が悪くなったとして、8000万人は自らの選択の
愚かさのために、2000万人はもしかしたらよりよい進路を提案できたかも知れない
のに彼らの言葉が少数派程の説得力しか持ち得なかった愚かさのために、悪化した
事態を甘んじて受けなくてはならないでしょうね。もっとも、それはマクロの
視点からであって、例えば反戦を貫いて投獄や亡命を余儀なくされた人たち個人に
「一億総ざんげ」を強いるのはナンセンスだと思いますが。
逆に戦争がよりよい事態を作ったとすれば、開戦を主張した8000万人だけでなく
少数意見の2000万人だってその「よりよい事態」の恩恵を受けられるものです。
>全ての否定をしたいとは思いませんが、しかし自明のこととして受けとめるには、荷が重過ぎるという感じです。
別に受け止めなくてもいいと思いますけどね(笑)。国家の指導者の誤りの責任が
国民に課せられないような社会モデルでも構築できれば、それはそれで立派な意見に
なるかもしれません。
>でも私にとっては戦争自体は幸せじゃない(と思う)し、
戦争自体が幸せだという人は一部だと思います。
>政治的な話を離れて、ひとつひとつの問題をそれぞれにいろんな角度から解決方法を探るということがなされるだろうと思っています。抽象的ですみませんが。
拉致された人一人一人、その家族一人一人について彼ら固有の問題があり、
それを解決するための方法が一つに決まらないのはむしろ当然のことです。
そしてそれが一つの「善悪の基準」で白黒つけられるものでないのも当然の
ことだと私は思います。
これは メッセージ 148928 (katakurichan2 さん)への返信です.
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