ブッシュ政権高官の論文
投稿者: kazuma0020 投稿日時: 2002/09/12 19:38 投稿番号: [147366 / 177456]
ブッシュ政権高官の論文
The Profiles of George W. Bush Administration
1、米国の軍事力−今後の課題
コリン・L・パウエル(国務長官)
2、国益に基づく国際主義を模索せよ
コンドリーザ・ライス(国家安全保障問題担当大統領補佐官)
3、コンドリーザ・ライス、ブッシュを語る
コンドリーザ・ライス(国家安全保障問題担当大統領補佐官)
4、有事の試練と平時の緊張 −日米安全保障同盟への提言
リチャード・アーミテージ(国務副長官)
5、ソマリアに葬られたクリントンの「マルチラテラリズム」
ジョン・R・ボルトン(軍縮および国際安全保障担当国務次官)
6、国際法は戦争犯罪をどこまで追い込めるか −国際法と国内法のあいだ
ジョン・R・ボルトン(軍縮および国際安全保障担当国務次官)
7、情報化時代の新外交戦略
ロバート・ゾーリック(通商代表部代表)
8、クリントン外交の一年を総括する
ポール・ウォルフォウィッツ(国防副長官)
エディトリアル・ノート Editorial Note
「国益を基盤とする外交」。これこそ、このアンソロジーに掲載した論文のすべてに共通するテーマだろう。
二〇〇〇年の大統領選挙における民主・共和党の外交政策論争の対立点の多くは、「グローバルな問題への国益を踏まえた対応はどうあるべきか」についての認識の違いに端を発するものだった。選挙戦での「政治的」論争という要因を無視するとしても、人道的介入、国際刑事裁判所(ICC)や国際法、地球温暖化条約その他をめぐって、両党の立場が明確に分かれた大きな理由はここにあり、しかも、グローバル化という現象が現在進行中であるだけに、この設問への答えを見つけるのはアメリカにとっても、そして日本を含む世界各国にとっても今後の大きな課題となろう。
共和党が伝統的な国民国家を軸にグローバルな問題をとらえがちであるのに対して、民主党は、特定のケースをめぐってはむしろ可能な限り国民国家を超えた枠組みでグローバル化とそれに伴う問題を認識しようとする傾向がある。また、クリントン外交とブッシュ外交の違いを、両党の伝統的体質(国際協調VS国益重視)や価値観の違い(道徳主義VS現実主義)に求めることもできる。しかし、両政権の外交路線の違いは、本質的には、「グローバル化とアメリカの事実上の覇権」という新環境をどう認識し、それにどう対応するかをめぐるアプローチの違いである。
間違いなく言えるのは、一九世紀以来の旧態依然たる国益認識ではグローバル化という変化し続ける環境に対応できないし、アメリカの覇権という現実もいずれ変化し、ワシントン国益のとらえ方も必然的に変化し続けるということだ。このために、とりわけ重視されてくるのが秩序と原則である。
たしかに、ミサイル防衛構想、京都議定書、包括的核実験禁止条約への対応など、ブッシュ政権の単独行動主義を示す事例は数多く、それにともなって米欧対立、米中、米ロ対立も取りざたされ始めている。だが、これがそのまま、アメリカ対(欧州、中国、ロシア)の巨大な対立構図へと至ることはあり得ない。世界の大半を敵に回すことが、アメリカの国益になるはずもないからだ。むしろ、現在のブッシュ政権の単独主義は「グローバル化とアメリカの事実上の覇権」という新環境をめぐってクリントン政権が築き上げた路線を、いちど突き崩して、ブッシュ政権の国益認識に合致させるための調整作業として冷静にとらえるべきだろう。今はいささか乱暴な単独行動主義が目に付くとしても、いずれブッシュ政権は、外交交渉や新提案をつうじ、刻々と変化するグローバル化とアメリカの覇権という環境下で秩序を形成し、その後は原則を基盤とする現実主義に徹すると思われる。
では、ブッシュ政権が好ましいとみなす秩序や原則とはどのようなものなのか。その基本認識の多くが、ここに掲載した論文で表明されている。
(竹下興喜 フォーリン・アフェアーズ、ジャパン、2001年8月10日)
http://www.foreignaffairsj.co.jp/bush_sum.html
古いですが、読み返してみると考えさせられます。
The Profiles of George W. Bush Administration
1、米国の軍事力−今後の課題
コリン・L・パウエル(国務長官)
2、国益に基づく国際主義を模索せよ
コンドリーザ・ライス(国家安全保障問題担当大統領補佐官)
3、コンドリーザ・ライス、ブッシュを語る
コンドリーザ・ライス(国家安全保障問題担当大統領補佐官)
4、有事の試練と平時の緊張 −日米安全保障同盟への提言
リチャード・アーミテージ(国務副長官)
5、ソマリアに葬られたクリントンの「マルチラテラリズム」
ジョン・R・ボルトン(軍縮および国際安全保障担当国務次官)
6、国際法は戦争犯罪をどこまで追い込めるか −国際法と国内法のあいだ
ジョン・R・ボルトン(軍縮および国際安全保障担当国務次官)
7、情報化時代の新外交戦略
ロバート・ゾーリック(通商代表部代表)
8、クリントン外交の一年を総括する
ポール・ウォルフォウィッツ(国防副長官)
エディトリアル・ノート Editorial Note
「国益を基盤とする外交」。これこそ、このアンソロジーに掲載した論文のすべてに共通するテーマだろう。
二〇〇〇年の大統領選挙における民主・共和党の外交政策論争の対立点の多くは、「グローバルな問題への国益を踏まえた対応はどうあるべきか」についての認識の違いに端を発するものだった。選挙戦での「政治的」論争という要因を無視するとしても、人道的介入、国際刑事裁判所(ICC)や国際法、地球温暖化条約その他をめぐって、両党の立場が明確に分かれた大きな理由はここにあり、しかも、グローバル化という現象が現在進行中であるだけに、この設問への答えを見つけるのはアメリカにとっても、そして日本を含む世界各国にとっても今後の大きな課題となろう。
共和党が伝統的な国民国家を軸にグローバルな問題をとらえがちであるのに対して、民主党は、特定のケースをめぐってはむしろ可能な限り国民国家を超えた枠組みでグローバル化とそれに伴う問題を認識しようとする傾向がある。また、クリントン外交とブッシュ外交の違いを、両党の伝統的体質(国際協調VS国益重視)や価値観の違い(道徳主義VS現実主義)に求めることもできる。しかし、両政権の外交路線の違いは、本質的には、「グローバル化とアメリカの事実上の覇権」という新環境をどう認識し、それにどう対応するかをめぐるアプローチの違いである。
間違いなく言えるのは、一九世紀以来の旧態依然たる国益認識ではグローバル化という変化し続ける環境に対応できないし、アメリカの覇権という現実もいずれ変化し、ワシントン国益のとらえ方も必然的に変化し続けるということだ。このために、とりわけ重視されてくるのが秩序と原則である。
たしかに、ミサイル防衛構想、京都議定書、包括的核実験禁止条約への対応など、ブッシュ政権の単独行動主義を示す事例は数多く、それにともなって米欧対立、米中、米ロ対立も取りざたされ始めている。だが、これがそのまま、アメリカ対(欧州、中国、ロシア)の巨大な対立構図へと至ることはあり得ない。世界の大半を敵に回すことが、アメリカの国益になるはずもないからだ。むしろ、現在のブッシュ政権の単独主義は「グローバル化とアメリカの事実上の覇権」という新環境をめぐってクリントン政権が築き上げた路線を、いちど突き崩して、ブッシュ政権の国益認識に合致させるための調整作業として冷静にとらえるべきだろう。今はいささか乱暴な単独行動主義が目に付くとしても、いずれブッシュ政権は、外交交渉や新提案をつうじ、刻々と変化するグローバル化とアメリカの覇権という環境下で秩序を形成し、その後は原則を基盤とする現実主義に徹すると思われる。
では、ブッシュ政権が好ましいとみなす秩序や原則とはどのようなものなのか。その基本認識の多くが、ここに掲載した論文で表明されている。
(竹下興喜 フォーリン・アフェアーズ、ジャパン、2001年8月10日)
http://www.foreignaffairsj.co.jp/bush_sum.html
古いですが、読み返してみると考えさせられます。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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