暗号技術・自由と選択…『変革の世紀』
投稿者: ryuuyuuressi 投稿日時: 2002/09/08 23:24 投稿番号: [146921 / 177456]
http://www.nhk.or.jp/henkaku/home.html
暗号技術・自由と選択
フィル・ジマーマン (Phil Zimmermann) 暗号ソフトPGP開発者
多くの科学技術が社会にとって両面の影響を及ぼします。例えば、自動車は排気ガスを出し、交通事故をもたらします。また銀行強盗にも使われます。しかし、人類は自動車を誰にでも使える道具にするという結論に達しました。
暗号技術は、確かに社会に功罪両面の影響を及ぼします。PGPが犯罪者に利用されていることはとても残念です。しかし、善良な市民が利用できる状態で、犯罪者だけを除外できる方法を私は知りません。犯罪者が活動を隠すこともできますが、銀行の取引、機密を含むビジネスの話、会計士や弁護士との連絡など、強力な暗号技術には利点がたくさんあるのです。
暗号は世界の民主化に貢献することができました。特に圧政を行う国々の人権擁護活動家を援助していることには大きな意味があります。彼等には、生命を脅かされている人々を救うために暗号技術が不可欠だったのです。
その力を市民は手放すべきではありません。暗号は個人の力を高める道具です。その力をどう使うか、それは個人の選択にかかっています。
21世紀の新たな法体系
ディック・ソーンバーグ (Dick Thornburgh) 元司法長官
インターネットは私が司法長官だった頃には予見できなかった副産物を私たちの社会や文化にもたらしています。国境を超えるインターネットは国家単位で作られた20世紀の法体系を混乱に陥れています。しかし情報技術の発展を止める事は出来ません。国家の安全保障と、プライバシーなど個人の権利との適切なバランスを見つけるにはかなりの時間がかかるでしょうが、やはり人類の英知を結集し法律で決めていくしかありません。
高度情報化社会にふさわしい21世紀の新たな法体系が必要なのです。
インターネットは多くの合法的な目的にとっては、素晴らしい議道具です。しかし、私たちがインターネットに対処する能力よりも技術の進歩のスピードの方が勝っているのです。私たちはインターネットの悪用問題について、その解決の端緒さえつかんでいません。
私たちは、市民の基本的な権利を守りつつ、同時にインターネットの利点を失うことなく、問題の解決に取り組まなければならないのです。
● 以上が、記載のある部分です。
しかし、番組の中では、「発信者・どこで・いつ発信された」かの記録を数年間も、記録に残すよう、米国・EU理事会が求め、EU議会が制限をつけようとする立場が、顕れていました。国家による悪用の経験が、ドイツ・イタリアにはあったからです。
個人の上に、国家を置く思考には、反対です。
特定の指導者・権力者を前提とするから、反対派があり、
その反対派の後日になって、有効なこと(新たな指導者・権力者となったこと)は、
歴史的にあり得ることとして経験済みです。
特定の指導者・権力者を前提としない、反対派も、テロもあり得ません。
個人の上に、(特定の指導者・権力者を前提とする)国家を置くことには、反対します。
暗号技術・自由と選択
フィル・ジマーマン (Phil Zimmermann) 暗号ソフトPGP開発者
多くの科学技術が社会にとって両面の影響を及ぼします。例えば、自動車は排気ガスを出し、交通事故をもたらします。また銀行強盗にも使われます。しかし、人類は自動車を誰にでも使える道具にするという結論に達しました。
暗号技術は、確かに社会に功罪両面の影響を及ぼします。PGPが犯罪者に利用されていることはとても残念です。しかし、善良な市民が利用できる状態で、犯罪者だけを除外できる方法を私は知りません。犯罪者が活動を隠すこともできますが、銀行の取引、機密を含むビジネスの話、会計士や弁護士との連絡など、強力な暗号技術には利点がたくさんあるのです。
暗号は世界の民主化に貢献することができました。特に圧政を行う国々の人権擁護活動家を援助していることには大きな意味があります。彼等には、生命を脅かされている人々を救うために暗号技術が不可欠だったのです。
その力を市民は手放すべきではありません。暗号は個人の力を高める道具です。その力をどう使うか、それは個人の選択にかかっています。
21世紀の新たな法体系
ディック・ソーンバーグ (Dick Thornburgh) 元司法長官
インターネットは私が司法長官だった頃には予見できなかった副産物を私たちの社会や文化にもたらしています。国境を超えるインターネットは国家単位で作られた20世紀の法体系を混乱に陥れています。しかし情報技術の発展を止める事は出来ません。国家の安全保障と、プライバシーなど個人の権利との適切なバランスを見つけるにはかなりの時間がかかるでしょうが、やはり人類の英知を結集し法律で決めていくしかありません。
高度情報化社会にふさわしい21世紀の新たな法体系が必要なのです。
インターネットは多くの合法的な目的にとっては、素晴らしい議道具です。しかし、私たちがインターネットに対処する能力よりも技術の進歩のスピードの方が勝っているのです。私たちはインターネットの悪用問題について、その解決の端緒さえつかんでいません。
私たちは、市民の基本的な権利を守りつつ、同時にインターネットの利点を失うことなく、問題の解決に取り組まなければならないのです。
● 以上が、記載のある部分です。
しかし、番組の中では、「発信者・どこで・いつ発信された」かの記録を数年間も、記録に残すよう、米国・EU理事会が求め、EU議会が制限をつけようとする立場が、顕れていました。国家による悪用の経験が、ドイツ・イタリアにはあったからです。
個人の上に、国家を置く思考には、反対です。
特定の指導者・権力者を前提とするから、反対派があり、
その反対派の後日になって、有効なこと(新たな指導者・権力者となったこと)は、
歴史的にあり得ることとして経験済みです。
特定の指導者・権力者を前提としない、反対派も、テロもあり得ません。
個人の上に、(特定の指導者・権力者を前提とする)国家を置くことには、反対します。
これは メッセージ 146893 (ryuuyuuressi さん)への返信です.
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