>チェチェン紛争とビン・ラディン
投稿者: li__il 投稿日時: 2002/08/19 05:09 投稿番号: [146402 / 177456]
−−−
見るアングルによって、90年代のチェチェン紛争に対する見方は、大体この三通りに分かれたといってもいってもよいだろう(注:ロシア側、チェチェン側、東京やワシントン側、の三通り)。しかし、いずれの立場であれ、明示しなくても一つの理解だけは共通しているのではないだろうか。そして、その共通点を手がかりに紛争解決に乗り出す以外に方策もない。それは、宗教や言語、それに文化が違っていても、歴史を通じて多くの時代は、ある民族と隣人が互いに平和に過ごしてきたという点である。いずれかの民族に属するというアイデンティティは、他者から区別されたい、他者とは違う、という感覚をもたらすが、それだけでは、<殺人>や<戦争>というおぞましい事件を引き起こすことにはならない。
−−−
これだけの見方が在るのだから、真実は一つでは無いですよね?(苦笑)ハードディスク・スパコン並みの処理速度で以って、事の事実を検証しない事には、真実は見つからないと思います。
↑以上は、多角的視点からのアプローチについて。
>「歴史を通じて多くの時代は、ある民族と隣人が互いに平和に過ごしてきたという点である。」・・・・この点、忘れないようにしたいもんだと思います。
恐竜の時代を含めた、生物の過程を考察すると、戦いと言うか、殺し合いの方が多いと思いますね。生きる為の本能ですからね。(苦笑)
これは メッセージ 146398 (katakurichan さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/bpjfa4lla5fa5m_1/146402.html