「見殺し」
投稿者: arisugawahiro_0 投稿日時: 2002/06/29 13:08 投稿番号: [144390 / 177456]
「引け腰」の繰り返し?
<06/23/2002>毎日インターナショナル
★国連安保理のアフガン対応
★東京会議は空手形か
韓国を包んでいるW杯熱気の余波で、日本では国外の「些細な出来事」が霞んでしまっているようだが、その霞みの中で、日本が大見得を切って支援を約束した国の将来が揺らいでいる。アフガニスタンだ。
「ロヤ・ジルガ」(国民大会議)という部族長会議を終え、米国の糸引き(?)もあってか大統領も決まり、表面的な報道だけをさぐれば、新国家建設は順調に進んでいるようにみえる。
だが、国連事務局は違う見解のようだ。6月21日、国連の政治担当次長は首都カブールの治安に不安を抱き、首都の治安維持活動に限定して展開されている国際治安支援部隊(ISAF=19カ国、約4500人)の活動範囲の拡大を、国連安全保障理事会に求めた。
しかし、兵士派遣国を中心に安保理はこの要請を受け入れなかった。「こうした治安維持活動のために、アフガニスタン軍の早期訓練を優先させるべきだ」というのがISAF活動を拡大しないという表向きの理由である。
ISAFとは別に、約7000人の米軍部隊が、残存するタリバン・アルカイダ勢力との局地的戦闘を続けるアフガニスタン全体の治安状態は、カブールとは別次元の不安定さを見せているというのが、国連事務局の見解だ。周辺の不安定さを放置すれば、結果的にカブールの治安も乱れるとの警告でもある。
そんなことは、実は安保理メンバーに限らず誰もが分かっている。にもかかわらず、安保理を牛耳る米英仏露中の常任理事5カ国(P5)が、積極的に支援部隊の活動拡大を認めないのは、極めて単純な理由だ。
カネと命だ。
まずはカネ。円でもドルでもユーロでもいいのだが、ISAFのような国連の平和維持活動は膨大な経費がかかる。国連の資金はすべて、加盟国の経済規模などによって定められた額の「会費」(分担金)で賄っているのだが、平和維持などの特別な活動は、会費外の実費を加盟国から徴収する。
活動が拡大し、期間が長引けば、それだけ加盟国の負担は増大する。東京で開催されたアフガニスタン復興支援会議で約束した支援金とは別枠の出費である。そうした資金を、より豊な先進諸国が担うことになるのは、必然的な現実だ。
だから、活動拡大はできるだけやりたくないのだ。
次は命の問題だ。
19カ国の兵士派遣国は「タリバン・アルカイダ狩り」を行っている米軍戦闘部隊と違い、原則的に非戦闘派遣である。自衛目的での交戦以外はしない。それでも、治安が不安定な地域に派遣されれば「相手を選ばないテロリスト」と、場合によっては戦闘になるかもしれない危険性が高まる。
戦闘になれば、派遣している自国の兵士が犠牲になる。犠牲になれば、当該国の世論が時の政権を問いただすことになる。「なぜ、平和維持活動で犠牲者がでるのか!」などと……。もちろん、「尊い犠牲を払っても必要な行動」と理解されても、国連事務局が要望したからといって、そう簡単に行動拡大を受け入れることはできないのだ。
これが、これまでの「現実」だった。
だが、アフガニスタンは違ったはずではなかったのか。東京会議で総額数兆円の支援を決めたのは空手形だったのか。復興支援のためには治安維持は絶対条件であり、そのための活動に腰を引くということは、支援をしないのと同じことである。
カンボジアなどごく一部の例を除けば、国連主導の「平和復興」が成功した例はほとんどない。その理由の大半は「加盟国間の利害の対立」(主に冷戦時代)と「カネの出し惜しみ」(主にポスト冷戦)である。その「出し惜しみ」の背景は無関心と国益優先主義だ。
こうして、本当に必要な時に、真に重要な活動を見過ごし、多くの紛争地域・国をある意味で国連安保理は見殺しにしてきた。もし「見殺し」という表現が妥当でないとすれば「積極的に行動してこなかった」と言い換えてもいい。コンゴ、アンゴラ、ソマリア、旧ユーゴ、中東……その後遺症を、多くの地域や国が今も引きずっている。
「9・11」で犠牲になった人々を含め、これだけの血を流したアフガニスタンで、今回もまた同じことを繰り返すのだろうか。(田原護立)
<06/23/2002>毎日インターナショナル
★国連安保理のアフガン対応
★東京会議は空手形か
韓国を包んでいるW杯熱気の余波で、日本では国外の「些細な出来事」が霞んでしまっているようだが、その霞みの中で、日本が大見得を切って支援を約束した国の将来が揺らいでいる。アフガニスタンだ。
「ロヤ・ジルガ」(国民大会議)という部族長会議を終え、米国の糸引き(?)もあってか大統領も決まり、表面的な報道だけをさぐれば、新国家建設は順調に進んでいるようにみえる。
だが、国連事務局は違う見解のようだ。6月21日、国連の政治担当次長は首都カブールの治安に不安を抱き、首都の治安維持活動に限定して展開されている国際治安支援部隊(ISAF=19カ国、約4500人)の活動範囲の拡大を、国連安全保障理事会に求めた。
しかし、兵士派遣国を中心に安保理はこの要請を受け入れなかった。「こうした治安維持活動のために、アフガニスタン軍の早期訓練を優先させるべきだ」というのがISAF活動を拡大しないという表向きの理由である。
ISAFとは別に、約7000人の米軍部隊が、残存するタリバン・アルカイダ勢力との局地的戦闘を続けるアフガニスタン全体の治安状態は、カブールとは別次元の不安定さを見せているというのが、国連事務局の見解だ。周辺の不安定さを放置すれば、結果的にカブールの治安も乱れるとの警告でもある。
そんなことは、実は安保理メンバーに限らず誰もが分かっている。にもかかわらず、安保理を牛耳る米英仏露中の常任理事5カ国(P5)が、積極的に支援部隊の活動拡大を認めないのは、極めて単純な理由だ。
カネと命だ。
まずはカネ。円でもドルでもユーロでもいいのだが、ISAFのような国連の平和維持活動は膨大な経費がかかる。国連の資金はすべて、加盟国の経済規模などによって定められた額の「会費」(分担金)で賄っているのだが、平和維持などの特別な活動は、会費外の実費を加盟国から徴収する。
活動が拡大し、期間が長引けば、それだけ加盟国の負担は増大する。東京で開催されたアフガニスタン復興支援会議で約束した支援金とは別枠の出費である。そうした資金を、より豊な先進諸国が担うことになるのは、必然的な現実だ。
だから、活動拡大はできるだけやりたくないのだ。
次は命の問題だ。
19カ国の兵士派遣国は「タリバン・アルカイダ狩り」を行っている米軍戦闘部隊と違い、原則的に非戦闘派遣である。自衛目的での交戦以外はしない。それでも、治安が不安定な地域に派遣されれば「相手を選ばないテロリスト」と、場合によっては戦闘になるかもしれない危険性が高まる。
戦闘になれば、派遣している自国の兵士が犠牲になる。犠牲になれば、当該国の世論が時の政権を問いただすことになる。「なぜ、平和維持活動で犠牲者がでるのか!」などと……。もちろん、「尊い犠牲を払っても必要な行動」と理解されても、国連事務局が要望したからといって、そう簡単に行動拡大を受け入れることはできないのだ。
これが、これまでの「現実」だった。
だが、アフガニスタンは違ったはずではなかったのか。東京会議で総額数兆円の支援を決めたのは空手形だったのか。復興支援のためには治安維持は絶対条件であり、そのための活動に腰を引くということは、支援をしないのと同じことである。
カンボジアなどごく一部の例を除けば、国連主導の「平和復興」が成功した例はほとんどない。その理由の大半は「加盟国間の利害の対立」(主に冷戦時代)と「カネの出し惜しみ」(主にポスト冷戦)である。その「出し惜しみ」の背景は無関心と国益優先主義だ。
こうして、本当に必要な時に、真に重要な活動を見過ごし、多くの紛争地域・国をある意味で国連安保理は見殺しにしてきた。もし「見殺し」という表現が妥当でないとすれば「積極的に行動してこなかった」と言い換えてもいい。コンゴ、アンゴラ、ソマリア、旧ユーゴ、中東……その後遺症を、多くの地域や国が今も引きずっている。
「9・11」で犠牲になった人々を含め、これだけの血を流したアフガニスタンで、今回もまた同じことを繰り返すのだろうか。(田原護立)
これは メッセージ 144389 (arisugawahiro_0 さん)への返信です.
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