light_cavalrymanさんへ
投稿者: kisimenjp 投稿日時: 2002/06/26 15:51 投稿番号: [144253 / 177456]
議論とはなかなか噛み合わないものですね。
「ああ言えば、ジョウユー」と言う冗談が流行った事からも、接点を求め
問題点を浮き彫りにする情熱がなければ難しいものです。
私が一番言いたい事は、平等だけを求めても人間の本性にそぐわなければ
そこに無理があり、停滞と官僚的管理社会しか生まない。
旧ソ連邦のように宗教さえ自由でなく、民族さえ抑圧するしかなかった
矛盾をどう説明なさるかと、お尋ねしたのです。
オリンピックの理念やスポーツに公平平等の権利まで否定はせず、そこに繰り広げられる
努力による優劣や記録への挑戦や、体力の限界に挑む精神に感動するのは平等とは違うものでしょう。
>一球団ばかりが特別待遇のスポーツなんかどこがいいんだろうと思うのですけれど、結構あんなの見ている人がいるんですよね。(^^;)
日本型社会主義の産物です、その一球団もすべからく同じが良いとの民意が作り出しました。
テレビ放映も視聴率の関係から同じ人気チームしかやらない、悪平等の思想が作り出した
停滞とおもいます。結果的には不平等を作り出しているようにさえ感じられます。
>そういった特権(既得権)を自分で捨ててしまうような人は、残念ながら非常に稀なのです。対立は単なる対立ではなく、双方の存在を賭けた流血必至の対立にまでなってしまうのが通例で、それは歴史を見れば明らかです。
ですから本来平等は求めないと申したはずです、流血必死の対立が必要となるのは
階級闘争としてなされる訳で、その結果も新たな階級を作り出す、輪廻転生の如くに。
>世界全体に広がる貧しい国は、歴史、文化、宗教、民族性、政治形態等多様ですけれど、その求めるところには、驚くほど共通点があるという側面もあるのではないでしょうか?
その共通点とは、どこの国も社会主義体制では成功しなかったと言う事です。
>豊かな社会をつくるのに“社会主義”者たちの活動は、かなり貢献していると思います。働く人が、明日をも知れぬ生活から逃れられ、極貧から救われるようになったのも彼らのおかげだと思われます。もし、彼らがいなければ、19世紀の一般民衆の悲惨な生活が、今でも先進国に存在していたことでしょう。
共通の権利を求めて戦う姿勢は評価してます、しかしそれが究極的に平等を目指したかは
疑問に思います、やはり人よりはよい生活を求めそれぞれが努力したと思いますが?
>いま、彼らが退潮の世の中で、再び、勤め人の生活は不安なものになりつつあるのではないでしょうか? 昨年の四十代、五十代の人の死因のトップは、経済的理由による自殺だったという新聞記事を読んだ記憶があります。
努力しなくても幸せが得られるという、悪平等の思想に染まり社会の変化に対応出来ない。
経済的な困窮に陥っているお方は、周りにもいますが、殆どバブルの債務に苦しむ方が
多いです、それが社会主義の退潮とどう結びつくのでしょう?
その人達の数が多ければ主権在民ですから、体制の変革は出来たはす。
旧社会党と同じにようです、今更批判する自民党の復活の手助けをした事の説明を頂ければ
あなたの退潮と言う理由も納得できるかも知れません。
「ああ言えば、ジョウユー」と言う冗談が流行った事からも、接点を求め
問題点を浮き彫りにする情熱がなければ難しいものです。
私が一番言いたい事は、平等だけを求めても人間の本性にそぐわなければ
そこに無理があり、停滞と官僚的管理社会しか生まない。
旧ソ連邦のように宗教さえ自由でなく、民族さえ抑圧するしかなかった
矛盾をどう説明なさるかと、お尋ねしたのです。
オリンピックの理念やスポーツに公平平等の権利まで否定はせず、そこに繰り広げられる
努力による優劣や記録への挑戦や、体力の限界に挑む精神に感動するのは平等とは違うものでしょう。
>一球団ばかりが特別待遇のスポーツなんかどこがいいんだろうと思うのですけれど、結構あんなの見ている人がいるんですよね。(^^;)
日本型社会主義の産物です、その一球団もすべからく同じが良いとの民意が作り出しました。
テレビ放映も視聴率の関係から同じ人気チームしかやらない、悪平等の思想が作り出した
停滞とおもいます。結果的には不平等を作り出しているようにさえ感じられます。
>そういった特権(既得権)を自分で捨ててしまうような人は、残念ながら非常に稀なのです。対立は単なる対立ではなく、双方の存在を賭けた流血必至の対立にまでなってしまうのが通例で、それは歴史を見れば明らかです。
ですから本来平等は求めないと申したはずです、流血必死の対立が必要となるのは
階級闘争としてなされる訳で、その結果も新たな階級を作り出す、輪廻転生の如くに。
>世界全体に広がる貧しい国は、歴史、文化、宗教、民族性、政治形態等多様ですけれど、その求めるところには、驚くほど共通点があるという側面もあるのではないでしょうか?
その共通点とは、どこの国も社会主義体制では成功しなかったと言う事です。
>豊かな社会をつくるのに“社会主義”者たちの活動は、かなり貢献していると思います。働く人が、明日をも知れぬ生活から逃れられ、極貧から救われるようになったのも彼らのおかげだと思われます。もし、彼らがいなければ、19世紀の一般民衆の悲惨な生活が、今でも先進国に存在していたことでしょう。
共通の権利を求めて戦う姿勢は評価してます、しかしそれが究極的に平等を目指したかは
疑問に思います、やはり人よりはよい生活を求めそれぞれが努力したと思いますが?
>いま、彼らが退潮の世の中で、再び、勤め人の生活は不安なものになりつつあるのではないでしょうか? 昨年の四十代、五十代の人の死因のトップは、経済的理由による自殺だったという新聞記事を読んだ記憶があります。
努力しなくても幸せが得られるという、悪平等の思想に染まり社会の変化に対応出来ない。
経済的な困窮に陥っているお方は、周りにもいますが、殆どバブルの債務に苦しむ方が
多いです、それが社会主義の退潮とどう結びつくのでしょう?
その人達の数が多ければ主権在民ですから、体制の変革は出来たはす。
旧社会党と同じにようです、今更批判する自民党の復活の手助けをした事の説明を頂ければ
あなたの退潮と言う理由も納得できるかも知れません。
これは メッセージ 144220 (light_cavalryman さん)への返信です.
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