>避ける準備
投稿者: katakurichan 投稿日時: 2002/05/26 02:12 投稿番号: [142374 / 177456]
>きっかけがあまりにも市民の情感に訴える出来事だったので完全勝利が目的になっちゃたんですよ。
市民の情感に訴えるということなのですが、・・
最近よく思うのです、情感に左右されずに戦争をすることは可能なのでしょうか、指揮をとる政治家を選ぶのは市民だとすれば、市民感情を横において、本当に「和平のための必要最小限の戦争」(←そういうものがあるのかどうかも、やっぱりわからないのですが)が、感情抜きにできるものでしょうか、また、相手がテロ組織のような、「政治的決着」というような話が、どう見ても通じなさそーな相手の場合、軍事行動のきっかけや終結というのは、むしろ感情に左右されることが多いのではないのかな・・・などと、思ったりするんです。(すみません、これは個人的な感覚なので、ムシしちゃってください)
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それで日本の「避ける準備」の最も障害になっているのが9条だと思うのです。私は憲法や理念が戦争を防いでくれるとは思っていません、
前に「憲法と戦争」(ダグラス・スミス著)という本を読んだのですが、その中にあった話です。日本では、憲法9条があるから戦争にならないという話がされるけれど、そうではなくて、本来なら憲法9条を守るための努力を真剣にすべきなのに、ということでした。それが「避ける準備」なのだろうと思っているのですが、marchingpeopleさんのおっしゃることも、それに近いのかな、と思ったりします(勘違いでしたらすみません)。
理念は大事だと思いますが、一国だけで理念を持っていても戦争は防げないのでしょうし、理念を持ち、互いに広める努力をしつつ、状況に応じた現実的な対応も怠るべきではないということですね。
私個人の考えとしては、どのような正義や大儀があっても、暴力行為は「犯罪」として扱ったほうがいいし、同じ土俵で戦うというのは、マズイんじゃないのかなぁという感じです・・・
これは メッセージ 142312 (marchingpeople さん)への返信です.
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