kisimenjp さんへ
投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2002/05/23 02:31 投稿番号: [142236 / 177456]
>しかしそんな物から解放されたほうが、考えてもままならぬ世なら
>もっとのびのびと自己表現が出来、生活にも違う味わいがあるのでは?
>ハイキングはしませんか?
旧約聖書に「伝道の書」というのがあって、私は結構好きです。プリミティブで明るいニヒリズムだと思います。
伝道者は言う、
空の空、空の空、いっさいは空である。
日の下で人が労するすべての労苦は、
その身になんの益があるか。
で始まる文は、キリスト教徒にとってもユダヤ教徒にとっても多分おなじみのものだと思います。イスラム教徒も結構知っている人は多いのではないでしょうか?
その文の中の言葉
「人は食い飲みし、その労苦によって得たもので心を楽しませるより良いことはない」
とか
「わたしは知っている。人にはその生き長らえている間、楽しく愉快に過ごすよりほかに良いことはない」
といった言葉が結構胸を刺します。
これらの言葉は、この部分だけ切り抜くとたんなる快楽主義のように思えるかもしれないけれど、多くのことを経験し見聞きした知者の絶望の言葉なんですよね。
おれは天国の住人なのか、それとも
地獄に落ちる身なのか、わからぬ。
草の上の盃と花の乙女と長琴さえあれば、
この現物と引き替えに天国は君にやるよ。
これは、聖書ではありません。(笑)900年以上昔のペルシアの詩人オマル・ハイヤームの4行詩です。
夜中にディスプレイなんか見ているより、明るい太陽の下でハイキングの方が健康的な考えが湧いてきそうですね(笑)
>この場所ではもっと大胆な言葉を使って
>時代を動かすような気概で。
>駄目でもともとの世界、情報の発信と、享受が
>ネットにより我々にもできるかも
>知れない時代になったと思いませんか?
このカテにある、たくさんの“嫌韓”トピを見ただけで、新時代の道具に対しても、懐疑的でユウウツになるのだけれど…
>時代の悪とは、その世界にある歪みを放置した結果訪れると。
>今の日本も多くの歪みを抱え、それを人任せの人間が多すぎる。
>その結果は見える人にしか見えないと言う危険性を秘め、
>ゆっくりと進む
>それも時代なら個人では抵抗も限られるでしょうが、
>個人の尊厳とはそんなものかもしれません。
歴史という大河はゆったりと流れ、それに対して個人の人生はあまりに短く儚い。今という時代は、巨視的に見れば、大きな変化の一部に過ぎないのだけれど、小さな個人にとってはそれがすべて…。息苦しい時代であろうと、世の片隅でささやかな楽しみや幸福を味わう分にはバチはあたらないと思う…、たぶん…。
>もっとのびのびと自己表現が出来、生活にも違う味わいがあるのでは?
>ハイキングはしませんか?
旧約聖書に「伝道の書」というのがあって、私は結構好きです。プリミティブで明るいニヒリズムだと思います。
伝道者は言う、
空の空、空の空、いっさいは空である。
日の下で人が労するすべての労苦は、
その身になんの益があるか。
で始まる文は、キリスト教徒にとってもユダヤ教徒にとっても多分おなじみのものだと思います。イスラム教徒も結構知っている人は多いのではないでしょうか?
その文の中の言葉
「人は食い飲みし、その労苦によって得たもので心を楽しませるより良いことはない」
とか
「わたしは知っている。人にはその生き長らえている間、楽しく愉快に過ごすよりほかに良いことはない」
といった言葉が結構胸を刺します。
これらの言葉は、この部分だけ切り抜くとたんなる快楽主義のように思えるかもしれないけれど、多くのことを経験し見聞きした知者の絶望の言葉なんですよね。
おれは天国の住人なのか、それとも
地獄に落ちる身なのか、わからぬ。
草の上の盃と花の乙女と長琴さえあれば、
この現物と引き替えに天国は君にやるよ。
これは、聖書ではありません。(笑)900年以上昔のペルシアの詩人オマル・ハイヤームの4行詩です。
夜中にディスプレイなんか見ているより、明るい太陽の下でハイキングの方が健康的な考えが湧いてきそうですね(笑)
>この場所ではもっと大胆な言葉を使って
>時代を動かすような気概で。
>駄目でもともとの世界、情報の発信と、享受が
>ネットにより我々にもできるかも
>知れない時代になったと思いませんか?
このカテにある、たくさんの“嫌韓”トピを見ただけで、新時代の道具に対しても、懐疑的でユウウツになるのだけれど…
>時代の悪とは、その世界にある歪みを放置した結果訪れると。
>今の日本も多くの歪みを抱え、それを人任せの人間が多すぎる。
>その結果は見える人にしか見えないと言う危険性を秘め、
>ゆっくりと進む
>それも時代なら個人では抵抗も限られるでしょうが、
>個人の尊厳とはそんなものかもしれません。
歴史という大河はゆったりと流れ、それに対して個人の人生はあまりに短く儚い。今という時代は、巨視的に見れば、大きな変化の一部に過ぎないのだけれど、小さな個人にとってはそれがすべて…。息苦しい時代であろうと、世の片隅でささやかな楽しみや幸福を味わう分にはバチはあたらないと思う…、たぶん…。
これは メッセージ 142222 (kisimenjp さん)への返信です.
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