対米全面テロ

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別のアプローチ>nukeさん

投稿者: katakurichan 投稿日時: 2002/05/14 21:20 投稿番号: [141929 / 177456]
>誰かに「産めよ増やせよ」なんて
>指図される社会は確かに住みにくい。

>それは否定するつもりもないことですが、国家としてみたときに「子供の
>少ない」社会というのは「住みにくい」んですね。


見捨てられてしまったけど、勝手に続きを書くことにしました(ぐすぐす)

それで、もちろん、nukeさんと私とでは感じ方が違うのは当たり前なのですが、「人それぞれ」というのは、感じ方の違いを言うのではなくて、アプローチの違いをいうのだと思っています。目的地は同じですけど、道筋が人それぞれ違う、それでいいんですよね?

子どもの話で言うと、こういうことを考えたきっかけは、パレスチナの自爆テロ犯の母親が「息子を誇りに思う」とインタビューで答えていて、かつ、まだ小さい男の子のことも「いつかは」と話している、そういうのをテレビで見てからなんですね。自爆テロのニュースには、いろんな人がいろんな感情を抱いていると思うのですが、私は、前にも何度か書いたのですが、そういう感情論で話を進めるのは間違いを犯しやすいと思うので、当事者ではない人たちは、感情論に陥ることなく解決策を考えるべきだと思うのです。

それで、私の個人的な感じ方=「戦争ってヤダ」という感情論とは別にしても、パレスチナの自爆テロに対して、武力行使とはのアプローチを何か考えなきゃいけない、前に「当事者意識のある指導者を」という話もありましたし、多国籍軍による制圧をという話もありました。いろんな人がいろんな考えをするわけですが、私はやっぱり「人間の命を道具にすることを禁止せよ」ということを考えたわけです。

で、禁止せよって言ったって、親のほうだってやりたくてやらせるわけではないでしょう、部外者の感覚で非難しても通じるわけがありません。私も「子どもがかわいそう」などという感情論を出すつもりはなくて、そんなことを言ったところで意味はないと思いますが、しかし、例えば「子どもの権利条約」というものがあります。日本も94年に締結しているそうですが、となれば、日本だって「この精神に則って遺憾の意を表する」ということくらい言ったっていいもんだと思います。人間の感情を絡めて言うのではなくて、「子どもの権利は守られるべきである、世界的にそういう概念が形成されつつある」という前提のもとに、各国は(心の中でどう思ってたって関係なく)政治活動を行っていいはずだと思ったりするのです。

さて、もとの話に戻りますが、「個人レベルではそうだけど、国家としては違う」という話ですね、しかし、過去および現在はともかく、今後は理念に基づいて行動すべき、と思うわけです。つまり、今までは国民主権と言いつつ、それがイマイチ現実的でないところがあったかもしれない、それでも、本来の姿としては、個人レベルの希望の最大公約数が国家の姿であるべきだと考えれば、極力、合致させてもらうことを望んでもいい、というより、望むべきだと思うわKです。

自爆テロの話にしろ、「生めよ殖やせよ」のスローガンにしろ、社会の側が人間を道具のごとく扱うことは、これも、個人の感情とは別に、「人権」という概念に反するから反対であると、私は言います。私個人の感覚からの言葉ではなくて、少なくとも「人権」という概念が流通している社会であるという前提のもとに、私は暮らしているので、政治にも「そのつもりでやってくれ」と言いたいわけです。政治家個人がどう思っていようが、世間の皆様がどう思っていようが、とにかく、そういう前提でやっていただきたいわけです。

余談ですが、スウェーデンの高福祉は高い税率に支えられているそうですが、一方で社会保障の必要な人を削減するという目的で人間の生産管理("劣った人"の強制不妊手術だとか・・・)を行っていたという話を聞きまして、やっぱり社会がそういうことに口出しをするとろくなことがない、なんてことも思います。

理想としては、あくまで「生まれてくる全ての子どもの側にたって」、育児支援の政策を行う、結果的に子どもが増えればめっけもん、というふうに思います。
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