パナマとハイチの軍解体について
投稿者: void_main_2002 投稿日時: 2002/05/14 14:10 投稿番号: [141905 / 177456]
《パナマ》
1987年6月軍参謀総長の内部告発を契機に反政府運動が発生、1988年2月にはデルバイエ大統領が罷免、ソリス・パルマ政権発足。最高実力者ノリエガ将軍と米国の対立深まる。89年9月には、5月の大統領選挙の無効を受け、暫定政権発足。
1989年12月20日、米軍がパナマに侵攻。エンダラ(5月の大統領選挙の事実上の勝利者)政権発足。ノリエガ将軍は、米側に投降。
国防軍は、米国の軍事介入をもって解体。新たに警察力を主体とした国家保安隊が設置。勢力11,800名(志願制)(98/99ミリタリー・バランス)
《ハイチ》
ハイティでは、独立以来独裁政権が続いたが、90年12月、初めての民主的選挙が実施され、アリスティッド大統領が当選。しかし、91年9月の軍事クーデターにより「ア」大統領は国外退避。これに対し国際社会はハイティの民主主義回復のため、国連安保理決議に基づき、経済制裁を実施し多国籍軍を創設する等、軍部退陣を強く求めた。その後、米国の圧力により軍部は退陣し、同年10月に「ア」大統領が帰国した。
94年まで兵力規模7,400人(陸軍7,000人、海軍250人、空軍150人)の軍事力を有していたが、アリスティッド大統領の帰国後、ハイティ政府は軍を解体。
いずれも外務省ホームページより引用
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/latinamerica.html《コメント》
これを見ると両国の場合ともに、軍事独裁体制の崩壊に伴う正規軍の解体にアメリカが大きなイニシアティブをとっていたことが伺えますね。夢の非武装国家コスタリカを喧伝されている方には、実際に現地に行かれた方も多いようですね。私なんか、ゆうべから検索エンジン使ってwebサイト漁ってるだけなんですけど・・・・
これは メッセージ 141901 (void_main_2002 さん)への返信です.
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