対米全面テロ

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「大半は普通の人…軍は撃ち続けた」

投稿者: arisugawahiro_0 投稿日時: 2002/05/05 14:26 投稿番号: [141424 / 177456]
パレスチナ解放少年証言【東京新聞】
  ヨルダン川西岸ベツレヘムの聖誕教会。イスラエル軍の包囲の中、パレスチナ人がすでに一カ月も立てこもっている。解放されたパレスチナの少年二人が本紙のインタビューに応じ、教会内の様子を生々しく証言した。パレスチナ自治政府のアラファト議長の監禁は解かれたが、教会では今も約百八十人がろう城を続けている。限られた水と食料、毛布を分け合い、石の床で狙撃におびえながら…。(ベツレヘムで、秦融、写真も)

■『草も食べ、毛布は交代で使った』

  証言したのは、先月十五日(監禁十四日目)に解放された職業訓練校生ジハード・アブドラハム・アハマド・ヨセフ君(16)と、二十五日に八少年とともに解放された無職マフムード・エンナジャール君(17)。ベツレヘム近郊の難民キャンプに家族と暮らしている。

  二人はイスラエル軍侵攻の翌朝の四月二日、二百数十人のパレスチナ人とともに戦車の砲撃に追われながら逃げ込んだ。

■停電と断水

  「市の中心部は教会しか逃げ場がなかった。イスラエル軍がこの教会を攻撃しないことは皆が知っていた」(マフムード君)。教会はイエス・キリストが生まれた場所とされるキリスト教の聖地に建つ。だからイスラエルも攻撃しにくい。周辺には銃弾を受けた車が何台も放置され、家々には銃弾や砲弾のあとが無数に残り、追撃と破壊のすさまじさを物語る。

  二日目、裏口が爆破され軍が完全に包囲。電気も水道も断たれた中で、教会に暮らす修道士ら三十人と避難生活が始まった。テロリストである疑いが強いパレスチナ人武装勢力が民間人を捕虜にとっている−というイスラエル軍の主張を伝えると二人は顔をこわばらせ、首を振った。

  「ありえない。完全な作り話。食事も寝るのもけが人の介抱も皆が助け合っている。銃を持つ警察官はいるけど、ほとんどは普通の人だ。イスラエル軍は撃ち続けてきた。狙撃兵は窓から人影を狙ってくる。それが怖くて誰も出られないんだ」

  食事は一日一回で生米と少しの野菜。教会の備蓄とみられる。

  「草も食べた。夜、狙撃兵に見つからないように庭に出て。レモンの皮が配られたことも。ガラスの破片で切り、分け合った」。解放されたとき、ジハード君は五キロやせていた。

■午前3時の銃撃

  「夜中は冷え込む。少ない毛布を交代で使い、昼寝る人と夜寝る人を分けた。イスラエル軍は最初のうち、必ず夜中の三時に銃撃してきた。寝かせないためだと思う」

  狙撃によるけが人、体調を崩した病人が次第に増える。狙撃で死んだ二人の遺体を搬出する交渉に一カ月近くかかった。地下室に運んだ遺体の腐臭にも苦しめられた。

  暖房施設も、停電で使えない。携帯電話も充電できず、一つずつ不能に。「せめて電気が使えればと皆が思った」。ある日、男性が外の電線を引き込もうとし、狙撃されて死んだ。ジハード君にレタスを半分くれた「ハッサン」という人だ。

  「自分もこのまま死ぬんだと思った」とジハード君。十四日目、ジハード君は隣家の人が投げたたばこを取るため、塀を乗り越えようとしたところを待ち伏せていたイスラエル兵に逮捕された。マフムード君はその十日後、軍とパレスチナ側との交渉で解放された。

  「ジハードが帰ってきたときは信じられなかった。毎日テレビでニュースを見ながら泣いていた。戦争やテロで子供を失った親の気持ちが初めて身にしみた」。母親のインティサールさん(37)は涙ぐみ、夫のヨーセフさんと手を握り合った。
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