空襲記録、元米兵の手紙きっかけに
投稿者: aznrsrsnsn 投稿日時: 2002/03/19 05:59 投稿番号: [138743 / 177456]
阿久根市が空襲記録を刊行
元米兵の手紙きっかけに
阿久根市は、太平洋戦争末期の一九四五年八月十二日の阿久根空襲の体験者の証言を中心にまとめた「阿久根の空襲」を刊行した。出版のきっかけは、空襲に参加した元米兵から斉藤洋三市長に送られた一通の手紙だった。
二〇〇〇年四月末、米国アナポリス在住のハワード・L・ナスランド氏から斉藤市長に写真入りの封書が届いた。同氏は阿久根空襲に米軍第三爆撃隊の一員として参加。手紙の内容は、米国でも第二次大戦をよく理解していない若い世代が増えているため、悲惨な記録を冊子に残したいというものだった。
八月十二日の阿久根空襲の被害は死者十四人、負傷者多数。街中心部は壊滅し八百五十戸の四千六百七十人が焼け出された。ナスランド氏は生存者の証言や被害状況、復興までの道のり、現在の阿久根の写真などの資料提供を求め、爆撃機から見た炎上する阿久根の写真を同封していた。
斉藤市長は、同市に一枚もなかった空襲時の古里の写真に「胸が詰まる思い」を抱き、記録を後世に伝えたいと依頼を快諾した。それから市立図書館の馬見新誠さんが空襲体験者の証言集めを開始。英語が堪能な同市秘書広報係の丸尾奈保美さんが翻訳を担当した。
証言は今回新たに集めたもののほか、阿久根市誌などの文献の引用を含め三十四人分。操縦士の顔が分かるほど低空飛行する爆撃機や、雷雨のような焼い弾と機銃掃射、火の海となった街の様子が生々しく述べられている。
また空襲前の六月二十六日、同市の大川駅付近で列車が攻撃され、中学生二人が死亡し五十数人がけがをした爆撃についての記述もある。同級生の血で赤く染まる草など悲しみの情景が記されている。多くの証言が「かつて経験したこのような世界を若者に二度と経験させてはならない」などの誓いで締めくくられている。
二〇〇〇年七月に資料を受け取ったナスランド氏からの返信には「私と仲間のパイロットが、まさに爆弾を落とし機銃掃射をした人々と、今こうしてつながっていることに気づかされました。すべてを読み終えるまでこの冊子を置くことができませんでした」と書いてあった。斉藤市長や馬見新さん、丸尾さんへのお礼とともに「国家間の紛争の解決は物質的な暴力に頼るべきでない」との言葉も添えられていた。
ナスランド氏の冊子出版はまだ実現していない。市は近く、同氏へ本を郵送するという。「阿久根の空襲」はA5判百六十九ページ。千五百部製作し価格は千円。市内小中学校に配布した。阿久根市立図書館で販売する。同図書館=0996(72)0607
西日本新聞
http://www.nishinippon.co.jp/media/news/news-local/kagosima.html
*
日本人はやっぱりおとなしいのか、いやなこと忘れるのが早いのか。でも、そのいい面もあるのでは。
この場合はナスランド氏の人柄というのも影響大でしょうね。
阿久根市は、太平洋戦争末期の一九四五年八月十二日の阿久根空襲の体験者の証言を中心にまとめた「阿久根の空襲」を刊行した。出版のきっかけは、空襲に参加した元米兵から斉藤洋三市長に送られた一通の手紙だった。
二〇〇〇年四月末、米国アナポリス在住のハワード・L・ナスランド氏から斉藤市長に写真入りの封書が届いた。同氏は阿久根空襲に米軍第三爆撃隊の一員として参加。手紙の内容は、米国でも第二次大戦をよく理解していない若い世代が増えているため、悲惨な記録を冊子に残したいというものだった。
八月十二日の阿久根空襲の被害は死者十四人、負傷者多数。街中心部は壊滅し八百五十戸の四千六百七十人が焼け出された。ナスランド氏は生存者の証言や被害状況、復興までの道のり、現在の阿久根の写真などの資料提供を求め、爆撃機から見た炎上する阿久根の写真を同封していた。
斉藤市長は、同市に一枚もなかった空襲時の古里の写真に「胸が詰まる思い」を抱き、記録を後世に伝えたいと依頼を快諾した。それから市立図書館の馬見新誠さんが空襲体験者の証言集めを開始。英語が堪能な同市秘書広報係の丸尾奈保美さんが翻訳を担当した。
証言は今回新たに集めたもののほか、阿久根市誌などの文献の引用を含め三十四人分。操縦士の顔が分かるほど低空飛行する爆撃機や、雷雨のような焼い弾と機銃掃射、火の海となった街の様子が生々しく述べられている。
また空襲前の六月二十六日、同市の大川駅付近で列車が攻撃され、中学生二人が死亡し五十数人がけがをした爆撃についての記述もある。同級生の血で赤く染まる草など悲しみの情景が記されている。多くの証言が「かつて経験したこのような世界を若者に二度と経験させてはならない」などの誓いで締めくくられている。
二〇〇〇年七月に資料を受け取ったナスランド氏からの返信には「私と仲間のパイロットが、まさに爆弾を落とし機銃掃射をした人々と、今こうしてつながっていることに気づかされました。すべてを読み終えるまでこの冊子を置くことができませんでした」と書いてあった。斉藤市長や馬見新さん、丸尾さんへのお礼とともに「国家間の紛争の解決は物質的な暴力に頼るべきでない」との言葉も添えられていた。
ナスランド氏の冊子出版はまだ実現していない。市は近く、同氏へ本を郵送するという。「阿久根の空襲」はA5判百六十九ページ。千五百部製作し価格は千円。市内小中学校に配布した。阿久根市立図書館で販売する。同図書館=0996(72)0607
西日本新聞
http://www.nishinippon.co.jp/media/news/news-local/kagosima.html
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日本人はやっぱりおとなしいのか、いやなこと忘れるのが早いのか。でも、そのいい面もあるのでは。
この場合はナスランド氏の人柄というのも影響大でしょうね。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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