Re: 正義の国
投稿者: nuketusetus 投稿日時: 2002/02/17 14:08 投稿番号: [135679 / 177456]
>ちょと瑣末な議論に成りがちになり残念です。
本質的な論点の差違がなければどうしても瑣末な議論になってしまうのでしょう。
それはそれでやむを得ないことかと思います。
>でもあなたも例えました、ベトナムやアフガンは違いますね。
では、逆に問わせていただきますが、ベトナムにアメリカが再度侵攻するような
可能性ってどういったケースが考えられますか?
ベトナムも、ベトナム戦争直後はカンボジアに侵攻するなど国際秩序の中に
順応できずに苦しんだ時期がありましたが、その後のドイ・モイ政策などの
展開の中で、今では東南アジアの秩序の中に組み込まれつつありますし、
アメリカとベトナムが戦争を起こすような理由はもはやありますまい。
これをベトナムがアメリカの属国になったと解するのはあきらかに無理があります。
ベトナムがイデオロギー的には未だ共産主義独裁国家でありアメリカに膨大な数の
国民を殺された「怨念」があるかもしれないことを考えれば、国際秩序というのは
少なくともイデオロギーや過去の怨念を超えて戦争を防止することのできる
概念だという私の主張の証左の一つになりうるかと思います。
>そこに資源がある訳でなく、そこを支配する訳ではない、それならばどんな理由が
>そこにあるのは、そこで戦わないと自国の存在意義が薄れるかのようです。
ベトナム戦争当時はイデオロギーによる東西冷戦の時代であり、東西陣営間の
バランスのみが来るべき第3次世界大戦を抑止しうるというドグマのあった
時代です。
北ベトナムによる南ベトナムへの侵食を放置すれば東南アジア全体が共産化する、
そしてそれは東西陣営間のバランスを崩し、世界大戦への発展を免れない。
何にせよそれは過去のドグマとなりましたね。
>この辺の解明ができれば、あの計算に基づいた爆撃の意味も見えてくるのでは?
このあたり、kisimenjpさんと私の議論が互いにかみ合っていないと感じます。
私の主張を整理するなら、
「争いは未来永劫なくならないが武力衝突がすべてを解決した時代から人類は
脱皮しつつある。が、現在はまだ過渡期であり、新しい秩序に属していない国・
勢力に対する武力行使は時にやむを得ないのではないか」です。
私の観る「アフガン爆撃の意味」はこの主張の中にありますが、これについては
いかがお考えになりますか?
>おそらくここに参加する多くの方の見方は、アメリカを別種の存在として
捉えています、なぜなら日常と違った状況が、テロとアフガンでアメリカを
中心に起こっているからです、特筆する武力と世界の警察の役目すらあるかの
ようですから、そのことに別種の存在とは思わないとなると議論の行く末は
消え行く運命となります
世界中の国家を同質として扱えとも私は思いません。それは異常な考え方です。
「同じ『地球組』クラスの子供である」という点で私はアメリカを特別視は
しないつもりですが、だからといってこの国の子供たちが皆同じ身長・体重・
同じ学力、同じ顔であるべきだとは思いません。
アメリカがクラスの「ガキ大将」として何かと言えば腕っぷしで仕切りたがる。
そういう性癖をもつ一人の子供だと言いたいだけなのです。
ここでアメリカを別種の存在として捉えたがる人の議論は、やもすればアメリカを
問題児であるとしてその個性を正面から否定するか、あるいは問題児であるが故に
アメリカ抜きでの新秩序を主張するような傾向があると私には思われます。
私はアメリカが腕っぷしの強いガキ大将であっても、いずれは他の多くの国々と
「口げんか」でもめ事を解決するような秩序がクラスの主流となる、しかし今は
その段階に達していないため、時にクラスの問題をそのガキ大将が解決しないと
いけない段階である、と主張します。
このクラスに「先生」というスーパーバイザーがいて、あっという間にもめ事を
解決できるなら話は楽なのですが、私はそれを「お手軽な平和」と批判しました。
>ともかく強すぎる存在としてアメリカはあります。
>それが世界にとって良いことか悪い事か、議論するのも無意味ではないかと。
「強すぎる国アメリカ」も、いろいろな面で単独行動をとれないようですね。
なぜでしょう?「強すぎる国」を超える何らかの力が、アメリカの力の無制限な
発動を制御していると考えるのが妥当なのではないでしょうか。
その力こそ新しいタイプの国際秩序であり、その秩序の中に一歩先に組み込まれた
(例えば)欧州を相手には、アメリカとて自分の思い通りに事を運ぶことは
許されないのだと私は思います。
念のために申し上げ\xA4
本質的な論点の差違がなければどうしても瑣末な議論になってしまうのでしょう。
それはそれでやむを得ないことかと思います。
>でもあなたも例えました、ベトナムやアフガンは違いますね。
では、逆に問わせていただきますが、ベトナムにアメリカが再度侵攻するような
可能性ってどういったケースが考えられますか?
ベトナムも、ベトナム戦争直後はカンボジアに侵攻するなど国際秩序の中に
順応できずに苦しんだ時期がありましたが、その後のドイ・モイ政策などの
展開の中で、今では東南アジアの秩序の中に組み込まれつつありますし、
アメリカとベトナムが戦争を起こすような理由はもはやありますまい。
これをベトナムがアメリカの属国になったと解するのはあきらかに無理があります。
ベトナムがイデオロギー的には未だ共産主義独裁国家でありアメリカに膨大な数の
国民を殺された「怨念」があるかもしれないことを考えれば、国際秩序というのは
少なくともイデオロギーや過去の怨念を超えて戦争を防止することのできる
概念だという私の主張の証左の一つになりうるかと思います。
>そこに資源がある訳でなく、そこを支配する訳ではない、それならばどんな理由が
>そこにあるのは、そこで戦わないと自国の存在意義が薄れるかのようです。
ベトナム戦争当時はイデオロギーによる東西冷戦の時代であり、東西陣営間の
バランスのみが来るべき第3次世界大戦を抑止しうるというドグマのあった
時代です。
北ベトナムによる南ベトナムへの侵食を放置すれば東南アジア全体が共産化する、
そしてそれは東西陣営間のバランスを崩し、世界大戦への発展を免れない。
何にせよそれは過去のドグマとなりましたね。
>この辺の解明ができれば、あの計算に基づいた爆撃の意味も見えてくるのでは?
このあたり、kisimenjpさんと私の議論が互いにかみ合っていないと感じます。
私の主張を整理するなら、
「争いは未来永劫なくならないが武力衝突がすべてを解決した時代から人類は
脱皮しつつある。が、現在はまだ過渡期であり、新しい秩序に属していない国・
勢力に対する武力行使は時にやむを得ないのではないか」です。
私の観る「アフガン爆撃の意味」はこの主張の中にありますが、これについては
いかがお考えになりますか?
>おそらくここに参加する多くの方の見方は、アメリカを別種の存在として
捉えています、なぜなら日常と違った状況が、テロとアフガンでアメリカを
中心に起こっているからです、特筆する武力と世界の警察の役目すらあるかの
ようですから、そのことに別種の存在とは思わないとなると議論の行く末は
消え行く運命となります
世界中の国家を同質として扱えとも私は思いません。それは異常な考え方です。
「同じ『地球組』クラスの子供である」という点で私はアメリカを特別視は
しないつもりですが、だからといってこの国の子供たちが皆同じ身長・体重・
同じ学力、同じ顔であるべきだとは思いません。
アメリカがクラスの「ガキ大将」として何かと言えば腕っぷしで仕切りたがる。
そういう性癖をもつ一人の子供だと言いたいだけなのです。
ここでアメリカを別種の存在として捉えたがる人の議論は、やもすればアメリカを
問題児であるとしてその個性を正面から否定するか、あるいは問題児であるが故に
アメリカ抜きでの新秩序を主張するような傾向があると私には思われます。
私はアメリカが腕っぷしの強いガキ大将であっても、いずれは他の多くの国々と
「口げんか」でもめ事を解決するような秩序がクラスの主流となる、しかし今は
その段階に達していないため、時にクラスの問題をそのガキ大将が解決しないと
いけない段階である、と主張します。
このクラスに「先生」というスーパーバイザーがいて、あっという間にもめ事を
解決できるなら話は楽なのですが、私はそれを「お手軽な平和」と批判しました。
>ともかく強すぎる存在としてアメリカはあります。
>それが世界にとって良いことか悪い事か、議論するのも無意味ではないかと。
「強すぎる国アメリカ」も、いろいろな面で単独行動をとれないようですね。
なぜでしょう?「強すぎる国」を超える何らかの力が、アメリカの力の無制限な
発動を制御していると考えるのが妥当なのではないでしょうか。
その力こそ新しいタイプの国際秩序であり、その秩序の中に一歩先に組み込まれた
(例えば)欧州を相手には、アメリカとて自分の思い通りに事を運ぶことは
許されないのだと私は思います。
念のために申し上げ\xA4
これは メッセージ 135656 (kisimenjp さん)への返信です.
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