txh13さんへ cosmos_probe 宇宙 1
投稿者: wai_nekoyanen 投稿日時: 2002/02/10 18:11 投稿番号: [134956 / 177456]
>これを読んで、ポランニー(マイケルだったかカールだったか忘れました)の層の理論に似ていると
思いましたが、そうではなく、やはり究極的には神のような存在を想定しているようですね。
ご自分ではそのつもりでなくても結局そのようになる発想と私には思われます。
「自然に豊かな恵みを与えるためでもあります。」とか作者(この究極最高のものが宇宙の創造者、
作者とされている神)のたとえを言うあたりは。
あの部分は私の言う次元が低次のものを高次のものが包含しているということの説明をしている
わけでして、その点では数学でつかう次元と同じものであるとの説明をわかり易くするために
申しているだけです。
「自然に豊かな恵みを与える」の部分は「自然に営みを与える」と表現してもいいわけです。
>ちなみに、メビウスの輪は位相幾何学(トポロジー)の概念で立派に数学の分野に入ります。
メビウスはたしかドイツかどこかの数学者の名前です。
メビウスの輪は一種の自己言及性を示していますが、個々の生命と全体としての生命は互いに異次元(きれている)でありながら、まったく無関係ではない(つながっている)という見方を説明するための喩えです。
メビウスの輪は位相幾何学に興味を抱かせるためによく紹介されるものですが、その裏と表は
等価の関係にありますね。低次が高次に含まれる数学の次元とは異なる概念です。
仏教で言う「縁」の概念は理解しました。
>ある出来事は無数の諸原因の「結果」であり、その「結果」自身が次の「結果(出来事)」
の無数の諸原因の「一つ」になるという、「結果」と「原因」がなんらかの関係性(つながり)
をもっているという見方です。仏教ではこれをつきつめて「同時因果」といって、因と果は相互に
同時に入れ替わる(メビウスの環、自己言及的)という考えに至ります。
現代物理学ではハイゼンベルグの不確定性原理と通底するような気がします。
このたとえは不正確という人もいるようですが。
ふつうの因果論であれば不確定性原理とは真っ向から対立するものでしょうが、
「因と果は相互に同時に入れ替わる(メビウスの環、自己言及的)」の部分は
どういうことなんでしょうね。
時間が逆に進むことは物理学的にはありえませんが、宇宙の起源を突き詰めていくと
起源の原理はともかく、少なくともそれを解くためには虚数時間なるものが関係しているよう
ですが、因と果は我々がふつうに自覚している概念とは別の構造も持っているのでしょうかね。
そう言えば、生物の進化が人間の創造力をはるかに超えた複雑な機能を具現する過程において
どうしても、進化した先を予測していなければ、成し得ないようなことをやっているふしが
あります。まるで、未来の結果から逆に演繹しているような・・・。
思いましたが、そうではなく、やはり究極的には神のような存在を想定しているようですね。
ご自分ではそのつもりでなくても結局そのようになる発想と私には思われます。
「自然に豊かな恵みを与えるためでもあります。」とか作者(この究極最高のものが宇宙の創造者、
作者とされている神)のたとえを言うあたりは。
あの部分は私の言う次元が低次のものを高次のものが包含しているということの説明をしている
わけでして、その点では数学でつかう次元と同じものであるとの説明をわかり易くするために
申しているだけです。
「自然に豊かな恵みを与える」の部分は「自然に営みを与える」と表現してもいいわけです。
>ちなみに、メビウスの輪は位相幾何学(トポロジー)の概念で立派に数学の分野に入ります。
メビウスはたしかドイツかどこかの数学者の名前です。
メビウスの輪は一種の自己言及性を示していますが、個々の生命と全体としての生命は互いに異次元(きれている)でありながら、まったく無関係ではない(つながっている)という見方を説明するための喩えです。
メビウスの輪は位相幾何学に興味を抱かせるためによく紹介されるものですが、その裏と表は
等価の関係にありますね。低次が高次に含まれる数学の次元とは異なる概念です。
仏教で言う「縁」の概念は理解しました。
>ある出来事は無数の諸原因の「結果」であり、その「結果」自身が次の「結果(出来事)」
の無数の諸原因の「一つ」になるという、「結果」と「原因」がなんらかの関係性(つながり)
をもっているという見方です。仏教ではこれをつきつめて「同時因果」といって、因と果は相互に
同時に入れ替わる(メビウスの環、自己言及的)という考えに至ります。
現代物理学ではハイゼンベルグの不確定性原理と通底するような気がします。
このたとえは不正確という人もいるようですが。
ふつうの因果論であれば不確定性原理とは真っ向から対立するものでしょうが、
「因と果は相互に同時に入れ替わる(メビウスの環、自己言及的)」の部分は
どういうことなんでしょうね。
時間が逆に進むことは物理学的にはありえませんが、宇宙の起源を突き詰めていくと
起源の原理はともかく、少なくともそれを解くためには虚数時間なるものが関係しているよう
ですが、因と果は我々がふつうに自覚している概念とは別の構造も持っているのでしょうかね。
そう言えば、生物の進化が人間の創造力をはるかに超えた複雑な機能を具現する過程において
どうしても、進化した先を予測していなければ、成し得ないようなことをやっているふしが
あります。まるで、未来の結果から逆に演繹しているような・・・。
これは メッセージ 134690 (txh13 さん)への返信です.
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