ICC:ユーゴ特別法廷の実効性(上)
投稿者: etranger3_01 投稿日時: 2002/02/08 10:46 投稿番号: [134600 / 177456]
>ただ国際人道法違反の訴追審理中における99年3月のNATOによるユーゴ空爆の印象があまりにも大きく、結局は軍事力に解決を求めるしかないのかと、国際法廷の効力に、疑問を抱いたのも事実です。
なるほど、私はkamemushiさんの意図を勘違いしていたようです。あくまでジェノサイドなどのセルビア側による犯罪について国際社会は何もできないのかという主旨だと思っていました。
第一に、当時ICCは1998年にローマ規程が採択されたばかりで、批准したのはセネガルただ一国でした。その後1999年末までにはトリダートトバゴ、サンマリノ、フィジー、そして先進国(G7)では一番目のイタリアが批准しましたが、依然国際社会におけるICCの認知度も知名度も低かったのが現実です。特に日本にあっては一般でもまったく知られていなかったでしょう。その実効性についても、疑問視される以前にまったく注目されておらず、実現するとしてもあと半世紀はかかるだろうというのが、1998年のローマ会議参加者の大半の感想だったと、当時会議に列席していたVAWW-NET Japan(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク)の松井やより代表は述懐しています。このことは本人からアムネスティの懇親会でお会いしたときに直接聞きました。つまり、時系列で考えると、ICCの構想が動き始めた直後であったことが第一の問題として挙げられます。
第二に、1993年に安保理によって非軍事的制裁措置として設置された旧ユーゴ国際刑事裁判所の「当時」の実効性の問題が挙げられます。その管轄は「1991年以降の旧ユーゴ領域で行われた国際人道法の重大違反に責任を有する個人の訴追について」のものと限定されており、また「当初、全く実効性がないと思われていた、ICTYの逮捕・執行活動は、紛争が長期化し、治まりを見せるとともに、起訴者の3分の1以上を逮捕・拘束するまで実効性をあげています」というSUN国連情報ページの記述にもあるように、確かに当初はその実効性は「全く」ないと思われており、空爆が実施されたときにはNATOはこれを人道的介入として、人道的理由による武力行使の歴史的前例を作ってしまいました。NATO構成国である当時ICCやICTYの機能に懐疑的だった欧米諸国の言い分としては、「裁判などとまどろっこしいことやってられるか!」というのが本音だったのでしょう。しかしその急先鋒にあったアメリカの兄弟分であるイギリスも、ついにICCに加盟しました。これは、時代の流れを物語っているんでしょうね。
第三に(これはICC本体のことですが)ICTYが安保理権限で設置されている中で、仮にICCが発足していたとしても、管轄権はICTYに付託されており、ICCは決してICTYの上位に位置するということにはならないため、ICC自体は管轄権を行使できません。これは、まず仮定の話ですね。ICCは未だに発足してないわけですから。
さらに問題となるのが不遡及の原則で、ICCでは設置以前の過去の犯罪について訴求する権限がないので、旧ユーゴ問題についてそれを訴求するのは不可能です。ただし、ICCとほぼ同じ規程を持つICTYがその役割を担っているので、報道でもICCからユーゴ問題に対する言及はあまりなかったのだと思います。その代わり、ICTYはフル稼働していたでしょう。その結果、1993年に設置されて9年が経ったいま、やっとミロセビッチを法廷に立たせることができたのです。これが「非効率的である」というのなら、その批判は甘んじて受けましょう(当事者ではありませんが)。しかしそれはどのような国内裁判でも同じこと。被疑者の人権を尊重しながら法に則った裁きを行うには、国内裁判同様、国際裁判も時間がかかるのです(国際法の世界では悪名高きあの東京裁判がなぜあのような短期間で終了したかが疑問視される所以でもあります)。
なるほど、私はkamemushiさんの意図を勘違いしていたようです。あくまでジェノサイドなどのセルビア側による犯罪について国際社会は何もできないのかという主旨だと思っていました。
第一に、当時ICCは1998年にローマ規程が採択されたばかりで、批准したのはセネガルただ一国でした。その後1999年末までにはトリダートトバゴ、サンマリノ、フィジー、そして先進国(G7)では一番目のイタリアが批准しましたが、依然国際社会におけるICCの認知度も知名度も低かったのが現実です。特に日本にあっては一般でもまったく知られていなかったでしょう。その実効性についても、疑問視される以前にまったく注目されておらず、実現するとしてもあと半世紀はかかるだろうというのが、1998年のローマ会議参加者の大半の感想だったと、当時会議に列席していたVAWW-NET Japan(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク)の松井やより代表は述懐しています。このことは本人からアムネスティの懇親会でお会いしたときに直接聞きました。つまり、時系列で考えると、ICCの構想が動き始めた直後であったことが第一の問題として挙げられます。
第二に、1993年に安保理によって非軍事的制裁措置として設置された旧ユーゴ国際刑事裁判所の「当時」の実効性の問題が挙げられます。その管轄は「1991年以降の旧ユーゴ領域で行われた国際人道法の重大違反に責任を有する個人の訴追について」のものと限定されており、また「当初、全く実効性がないと思われていた、ICTYの逮捕・執行活動は、紛争が長期化し、治まりを見せるとともに、起訴者の3分の1以上を逮捕・拘束するまで実効性をあげています」というSUN国連情報ページの記述にもあるように、確かに当初はその実効性は「全く」ないと思われており、空爆が実施されたときにはNATOはこれを人道的介入として、人道的理由による武力行使の歴史的前例を作ってしまいました。NATO構成国である当時ICCやICTYの機能に懐疑的だった欧米諸国の言い分としては、「裁判などとまどろっこしいことやってられるか!」というのが本音だったのでしょう。しかしその急先鋒にあったアメリカの兄弟分であるイギリスも、ついにICCに加盟しました。これは、時代の流れを物語っているんでしょうね。
第三に(これはICC本体のことですが)ICTYが安保理権限で設置されている中で、仮にICCが発足していたとしても、管轄権はICTYに付託されており、ICCは決してICTYの上位に位置するということにはならないため、ICC自体は管轄権を行使できません。これは、まず仮定の話ですね。ICCは未だに発足してないわけですから。
さらに問題となるのが不遡及の原則で、ICCでは設置以前の過去の犯罪について訴求する権限がないので、旧ユーゴ問題についてそれを訴求するのは不可能です。ただし、ICCとほぼ同じ規程を持つICTYがその役割を担っているので、報道でもICCからユーゴ問題に対する言及はあまりなかったのだと思います。その代わり、ICTYはフル稼働していたでしょう。その結果、1993年に設置されて9年が経ったいま、やっとミロセビッチを法廷に立たせることができたのです。これが「非効率的である」というのなら、その批判は甘んじて受けましょう(当事者ではありませんが)。しかしそれはどのような国内裁判でも同じこと。被疑者の人権を尊重しながら法に則った裁きを行うには、国内裁判同様、国際裁判も時間がかかるのです(国際法の世界では悪名高きあの東京裁判がなぜあのような短期間で終了したかが疑問視される所以でもあります)。
これは メッセージ 134463 (kamemusi48 さん)への返信です.
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