仕掛けたのは誰か③(田中宇氏)
投稿者: etranger3_01 投稿日時: 2002/01/08 07:05 投稿番号: [129498 / 177456]
ハンブルグの学生たちが主犯格
テロ事件後、アメリカの新聞は大政翼賛になり「○○はテロ組織とつながっ
ているとされる」などと書かれていても、その記事の内容を鵜呑みにすること
はできなくなっている。また新聞に情報を流すFBIやCIAといった米当局
は「テロ事件の真相を究明する」ことよりも「テロリストとの戦争に勝つこと」
が優先しており、少しでも怪しいアラブ人はすべて「アルカイダのメンバー」
だと新聞に情報を流すので、これまた信用できない。
だが、アッタら3人がハンブルグで親しい関係にあったことは、ドイツ当局
も認めている。またアメリカの新聞記事でも、漠然とした表記ではなく、納得
できる根拠を挙げて「○○と△△はつながっている」と書いてある場合は、信
憑性が高いと思われる。
9月11日の朝、世界貿易センター北棟に衝突したアメリカン航空11便が
ボストンの空港を離陸する直前、南棟に衝突したユナイテッド航空175便も
同じ空港で滑走路に向かう飛行機の列の中にいたのだが、そのとき11便に乗
っていたアッタが、携帯電話を使って、175便に乗っていたアルシェヒに1
分ほどの電話をかけたことが、電話局に残された記録から分かっている。
http://www.smh.com.au/news/0111/05/world/world9.html
こうした情報は信憑性が高いと思われるが、それぞれの旅客機には、これか
ら犯行に及ぼうというハイジャック犯が5人ずつ乗っていた中で、アッタがア
ルシェヒに電話したということは、二人がグループのリーダー格で、電話の内
容は、互いの飛行機が予定通り離陸することを確認するものだったと推測でき
る。
また中東では「4機の旅客機はアラブ人によるハイジャックのように見せか
けて、実は米当局が飛行機を遠隔制御して標的のビルに衝突させたのだ」とい
う考え方がある。犯人とされるアラブ人たちは、実はふつうの乗客だったとい
う説である。しかし、だとしたらハンブルグで親しい関係だったアッタら3人
が、偶然にも、犯行に巻き込まれた3機に別々に乗っていたということになる。
そんなことは、偶然として起こり得るはずがない。
タイトル: 仕掛けたのは誰か②(田中宇氏)
投稿者: etranger3_01
日時: 2002年1月08日 午前 7時04分
▼敬虔だが原理主義者ではなかった
アッタは名門カイロ大学で建築を学び、卒業後の1992年に、父親の勧め
もあってドイツのハンブルグ工科大学の建築学の大学院に留学した。ハンブル
グ工科大は全学生の2割が留学生で、特に中東からの学生が多い。
アッタは2000年6月に渡米するまで、ハンブルグで8年間を過ごしたが、
勉強熱心な礼儀正しい青年として知られていた。イスラム教の敬虔な信者で、
学内にイスラム教徒学生のための礼拝所を作ってほしいと大学当局に要求する
運動を展開したこともある。大学での研究テーマは、シリアの古い町アレッポ
の都市計画についてだった。アラブ人としてのアイデンティティを強く持って
いたことがうかがえる。
アッタは、敬虔なイスラム教徒だったものの、ドイツ国内のイスラム主義団
体との交流はなかった。ドイツではマイノリティに対する攻撃が行われたナチ
ス時代の反省から、当局が宗教組織を禁止することができないよう法律で定め
られていた。米大規模テロ事件以来、この法律が改訂され、いくつかのイスラ
ム主義団体が解散させられ、検挙されが、それらの組織はいずれも米テロ事件
には関与していないと、ドイツ当局が認めている。
とはいえ、アッタが大規模テロ事件の主犯格だったことは、事実と思われる
いくつかのことから、ほぼ間違いないと私はみている。
その理由の一つは、ハンブルグでアッタと同じアパートに住んでいた2人の
アラブ人青年もテロ事件に参加し、彼らは、ハイジャックされた4機のうち3
機に、一人ずつ乗っていた。アッタら3人はいずれも、事前に飛行機の操縦を
学んでいる。アッタ(享年33歳)と、マルワン・アルシェヒ(享年23歳)
は、2000年6月から渡米してフロリダで同じ飛行訓練学校に通っていた。
そして3人目のジアド・ジャラヒ(レバノン人、享年26歳)はハンブルグ工
科大学で航空機設計を研究していた。
・・・④に続く
テロ事件後、アメリカの新聞は大政翼賛になり「○○はテロ組織とつながっ
ているとされる」などと書かれていても、その記事の内容を鵜呑みにすること
はできなくなっている。また新聞に情報を流すFBIやCIAといった米当局
は「テロ事件の真相を究明する」ことよりも「テロリストとの戦争に勝つこと」
が優先しており、少しでも怪しいアラブ人はすべて「アルカイダのメンバー」
だと新聞に情報を流すので、これまた信用できない。
だが、アッタら3人がハンブルグで親しい関係にあったことは、ドイツ当局
も認めている。またアメリカの新聞記事でも、漠然とした表記ではなく、納得
できる根拠を挙げて「○○と△△はつながっている」と書いてある場合は、信
憑性が高いと思われる。
9月11日の朝、世界貿易センター北棟に衝突したアメリカン航空11便が
ボストンの空港を離陸する直前、南棟に衝突したユナイテッド航空175便も
同じ空港で滑走路に向かう飛行機の列の中にいたのだが、そのとき11便に乗
っていたアッタが、携帯電話を使って、175便に乗っていたアルシェヒに1
分ほどの電話をかけたことが、電話局に残された記録から分かっている。
http://www.smh.com.au/news/0111/05/world/world9.html
こうした情報は信憑性が高いと思われるが、それぞれの旅客機には、これか
ら犯行に及ぼうというハイジャック犯が5人ずつ乗っていた中で、アッタがア
ルシェヒに電話したということは、二人がグループのリーダー格で、電話の内
容は、互いの飛行機が予定通り離陸することを確認するものだったと推測でき
る。
また中東では「4機の旅客機はアラブ人によるハイジャックのように見せか
けて、実は米当局が飛行機を遠隔制御して標的のビルに衝突させたのだ」とい
う考え方がある。犯人とされるアラブ人たちは、実はふつうの乗客だったとい
う説である。しかし、だとしたらハンブルグで親しい関係だったアッタら3人
が、偶然にも、犯行に巻き込まれた3機に別々に乗っていたということになる。
そんなことは、偶然として起こり得るはずがない。
タイトル: 仕掛けたのは誰か②(田中宇氏)
投稿者: etranger3_01
日時: 2002年1月08日 午前 7時04分
▼敬虔だが原理主義者ではなかった
アッタは名門カイロ大学で建築を学び、卒業後の1992年に、父親の勧め
もあってドイツのハンブルグ工科大学の建築学の大学院に留学した。ハンブル
グ工科大は全学生の2割が留学生で、特に中東からの学生が多い。
アッタは2000年6月に渡米するまで、ハンブルグで8年間を過ごしたが、
勉強熱心な礼儀正しい青年として知られていた。イスラム教の敬虔な信者で、
学内にイスラム教徒学生のための礼拝所を作ってほしいと大学当局に要求する
運動を展開したこともある。大学での研究テーマは、シリアの古い町アレッポ
の都市計画についてだった。アラブ人としてのアイデンティティを強く持って
いたことがうかがえる。
アッタは、敬虔なイスラム教徒だったものの、ドイツ国内のイスラム主義団
体との交流はなかった。ドイツではマイノリティに対する攻撃が行われたナチ
ス時代の反省から、当局が宗教組織を禁止することができないよう法律で定め
られていた。米大規模テロ事件以来、この法律が改訂され、いくつかのイスラ
ム主義団体が解散させられ、検挙されが、それらの組織はいずれも米テロ事件
には関与していないと、ドイツ当局が認めている。
とはいえ、アッタが大規模テロ事件の主犯格だったことは、事実と思われる
いくつかのことから、ほぼ間違いないと私はみている。
その理由の一つは、ハンブルグでアッタと同じアパートに住んでいた2人の
アラブ人青年もテロ事件に参加し、彼らは、ハイジャックされた4機のうち3
機に、一人ずつ乗っていた。アッタら3人はいずれも、事前に飛行機の操縦を
学んでいる。アッタ(享年33歳)と、マルワン・アルシェヒ(享年23歳)
は、2000年6月から渡米してフロリダで同じ飛行訓練学校に通っていた。
そして3人目のジアド・ジャラヒ(レバノン人、享年26歳)はハンブルグ工
科大学で航空機設計を研究していた。
・・・④に続く
これは メッセージ 129497 (etranger3_01 さん)への返信です.
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