対米全面テロ

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「果断」な言葉のその先へ・・・(1)

投稿者: chottomato2 投稿日時: 2002/01/01 10:48 投稿番号: [128594 / 177456]
  ゆくえ定まらぬ時代である。
  だれもが確とした明日の姿を思い描くことができないまま、世界も日本も混とんとした不安の波間に漂っている。
  米国を舞台に起きた昨秋の「9・11同時多発テロ」以降、その気分はさらに深い。世界同時不況の足音も高まった。
  国内にはより切迫感が立ちこめる。収まらぬ金融不安とデフレの進行。生活者を襲うリストラと負担増のあらし。若者たちに広がる自己中心主義と社会の規範力の低下。明日への不安どころか、日本全体がこのまま制御の困難な事態に陥るのでは、との懸念さえなしとしない。

『強い調子で二者択一迫る』
  その、先が見えぬ不安な時代を、シンプルで力強い言葉が闊歩している。
  「われわれの側につくか、テロリストの側につくか」。米国のブッシュ大統領は同時テロ事件の発生以来、聴くものに二者択一を迫るかのような、強い調子の演説を続けてきた。テロリストや支援者を非難する「イーブル(邪悪)」という言葉を、数えきれないほど口にしている。「正義」は米国の側のみにある、というわけだ。
  他方、こちら永田町でも、小泉純一郎首相の登場以来、にわかに歯切れのいい言葉のはんらんである。「構造改革なくして、景気回復なし」「改革勢力か抵抗勢力か」「痛みは耐えてもらう」
  共通するのは「断固やる」という、目前の行動力へのアピールである。しかし、具体的に何をやるのか、どんな世界や社会をつくろうとするのかは、あまり鮮明ではない。望ましい姿への展望力は乏しいのだ。
  ところが、この2人の政治家は、いまや国民から、それぞれ歴史的といえるほどの圧倒的な支持を集めている。
  就任時はむしろ凡庸な人物とみられていたブッシュ大統領は、ギャラップ社の最新の「最も称賛する男性」の世論調査で、61年のケネディ大統領を上回る史上最高の評価を得た。日本ではかつての「変人」総裁選候補が、いまや「最後の切り札」だ。

『異常人気の不安な側面』
  何もかもが複雑にからんでわかりにくく、問題解決への道筋が容易に見つからない時代には、人々は確かにリーダーの果断さにすがりたくなる。2人の異常なまでの人気の高さは、簡潔な言葉で端的に言い切る、その語り口によるものでもあろう。
  しかし、振り返れば、現実への果断な取り組みの積み重ねが、針路を誤らせた歴史も枚挙にいとまがない。
  いまの時代相はしばしば言われるように、1920年代末の世界恐慌前後によく似ている。とりわけ、第1次世界大戦の戦時バブルの後始末に苦しみ、不良債権を抱えた企業の整理が大問題となった当時の日本は、現下の状況とかなり重なり合う。
  目先の権益確保に懸命のあまり、国々はブロック経済やファシズムへと走り、ついには第2次世界大戦を迎える。日本も軍国主義の跳梁に身をゆだねたあげく、破局への一本道を突き進んだのだ。

  むろん、地球の姿は当時とは異なる。国境の壁は低くなったし、協調や対話の仕組みははるかに厚くなった。状況に流されがちな日本政治は心もとないにせよ、軍事への傾きに歯止めをかけてきた憲法9条の枠組みなどもある。安易な類推は、さほど説得力はないかもしれない。
  とはいえ、先行き不安な時代には、とかく「自由でなく統制を」「協調ではなく武断を」などと、「力」に頼る社会的気分が強くなる。複雑な現実と格闘する粘り強さより、短兵急な解決を目ざす強さを求めがちになる。私たち日本人には、とりわけ記憶にとどめておくべき教訓であろう。
  真の課題は「果断」な言葉の先にある。テロや戦争のない平和で安全な世界をどうつくるのか。飢餓や貧困の解消に向け、世界は何をすればいいのか。日本は何で生きる国をめざすのか。そのために、何を改革し、どう再生に結びつけるのか・・・・・。
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