対米全面テロ

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Re:憎悪や恐怖にくじけるな

投稿者: heichan3000 投稿日時: 2001/12/31 04:31 投稿番号: [128479 / 177456]
確かに、世界がそれぞれの自分勝手な立場に固執して分裂しがちで、かつアメリカのユニテラリズムの弊害が目立つ今こそ、ケネディの理想に学ぶことは大きいと思いますね。ケネディがもし今生きていれば、中東和平に関してクリントン政権以上の前進が期待できたのではないかなどと考えてしまいます。

もっとも仮にケネディが今大統領だったら、おそらくテロリズムとの戦いに躊躇する事もまたなかっただろうと思っています。
ケネディは単なる理想主義者・平和主義者では決してありません。彼自身が第2次大戦の前線で指揮官として活躍していますし、キューバ危機の際にも全面核戦争に至ることを覚悟した上でのぎりぎりの駆け引きを繰り広げていました。
おそらく戦争の事も平和の事も、軍事力の恐ろしさもその可能性も、よく知っている政治家だったのだと思います。少なくとも平和のために大切な他のものを少しでも妥協するタイプの政治家ではなかったように思います。

ケネディは一貫して市民、それも世界の民主社会の市民の力によって世界をより平和に運営できるという信念を持っていました。
テロリズムによって世界が動くという事態は(仮にそれが良い方向であれ)、その市民の力を信じるケネディにとっては許しがたいのではないかと思うのです。

”人間がもたらした問題は人間が解決できるはず”この言葉は決して理想論ではなく、非常に重い意味を持っていると思います。
たとえ神が命じようと無用な争いは拒否する。そして逆にたとえ神が禁じようと、人間にとって必要な政策の遂行には躊躇しない。もちろん戦争も含めてです。私の見聞きする限りケネディはそういう大統領だったように思います。

いずれにせよこれからの民主主義世界はあまりにも強力なパワー(それは民主的な社会を守るための力にもなります)を自分たちの理性と理念に従って管理・制御するという難しい挑戦(ケネディの好きな言葉でした)の時代を迎えるでしょう。
たぶんテロリズムのような勢力と武器を持って向かい合った時、人類はいたずらに銃を置いても、闇雲に弾を放ってもいけないのだと思います。それはどちらも形を変えた「弱さ」に違いありません。
その手の中の銃をどのように使うか?人類自身の問題として考えろというのが、ケネディの遺志ではないかと私は思っています。

2002年の世界が憎悪と恐怖に、少しでも打ち勝てる事を祈りたいと思います。
いえ、祈ってはいけないのでしょう、私たち自身がそうするわけですね。
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