nothing にされた空爆完(再掲)
投稿者: etranger3_01 投稿日時: 2001/12/24 14:23 投稿番号: [127513 / 177456]
今日は、西側支持、反タリバンのムジャヒディン司令官、ハジ・ザマン・ガムシャリクの家で始まった。彼は慎重に米政府から物資と資金の調達を受けている。その前日、私はジャララバードの死体安置所へと彼に同行した。そこには、役所で寝ている間に米軍の爆撃を受けて死んだザマン司令官のムジャヒディン戦死達のずたずたになった7体の死体が安置されていた。そして今同じことがまた起こった。
3台のトラックの荷台に乗せられて、もう7人のムジャヒディンの血まみれの死体 がもう7体。彼等はランディ・キール(Landi Khiel)の村の宿で眠っていたところ、昨日 の朝 6:30頃爆撃にやられて死んだ。
ザマン司令官は、何年も山の中でソ連と戦った誇り高く堂々とした男だ。だが、彼があれほど弱々しく見えたのは初めてだ。
「こいつらは昨日私が送ったんだ。警備のために。」
そうつぶやいた。
それでも、司令官は私達にムジャヒディンの護衛を同行させてくれた。そして、私達はランディ・キールへと出発した。始めの7人の戦士達が死んだ役所の残骸を見た。そして昨日の朝7人が戦死した宿も。その宿であった瓦礫となった民家には「無」(nothing) の小さな破片があった。小型爆弾の尻尾だった。「地表攻撃ミサイルAGM114」と232687の連番の文字が刻まれていた。わらぶき屋根の残骸に半分程埋まっていた。
そこではファジル・カリームとその兄弟、マホモール・グーラブ、その甥、ハシズ・ウラーの3人が死んだ。
「彼等は家族だった。ごく普通の。」
一緒にいた現地の長老、ハジ・モハッメド・ナジールが言った。
「彼等はテロリストじゃなかった。テロリストは向こうの山の中だ。」
私達は続いてホワイトマウンテンの方へ向かって進んだ。そこでは何百というアルカイダのメンバーと恐らくウサマ・ビンラディン自身もトラボラの洞くつに隠れている。
Bー52が空高く飛んでいた。谷間からもくもくとした黒い煙りが上っているのが見えた。あそこでは確かに何かが起きている。そして、私達は廃虚と化したカマアドに到着した。
哀愁のこもった残骸の中にひとつだけ困った物を見つけた。弾丸ベルトのついた古い革製のホルスターだ。あの晩アルカイダのメンバーの何人かがここで一夜を過ごし、それを知った米軍が狙ったというのも考えられる。
しかし、22年間も内戦が続いているのだから、アフガニスタンのどの家庭にも軍の遺物はあるだろう。それに村人はここ2週間はアラブ人もタリバン兵士も誓って見ていないと言っている。確かに新しい40の墓穴をうめるだけのテロリストはいなかったはずだ。誰かが教えてくれた。墓穴に入っている死体のいくつかは完全なものではなく、体の一部分だけのもあるそうだ。
この「何も起こらなかった」村では白人は怒りで迎えらるだろうと警告を受けて来たが、そこで私の出会ったものは、絶望と困惑だった。私は恐い思いをした時が一度だけあった。米軍のBー52が頭上を飛んで来た時だ。私達は列を止め、車から這い出て両側の原野に急いで散った。機体はゆっくりと旋回した。私は電子の目が、その道を走っていた唯一の車だった自分達を見ているということを意識していた。そして、皆の安心したことに、その爆撃機は進路を変えて飛び去っていった。
街を出る前、ジャララバードのアメリカ人の同僚がペンタゴンに電話して、私達が「何も起こらなかった」村まで行くことを知らせておいたのだ。もしあの電話がなかったら、この鏡の中の世界にいる時、B−52は私達の車に何をしただろうかと思わずにはいられない。おそらく私にも「何も起こらなかった」のだろう。
3台のトラックの荷台に乗せられて、もう7人のムジャヒディンの血まみれの死体 がもう7体。彼等はランディ・キール(Landi Khiel)の村の宿で眠っていたところ、昨日 の朝 6:30頃爆撃にやられて死んだ。
ザマン司令官は、何年も山の中でソ連と戦った誇り高く堂々とした男だ。だが、彼があれほど弱々しく見えたのは初めてだ。
「こいつらは昨日私が送ったんだ。警備のために。」
そうつぶやいた。
それでも、司令官は私達にムジャヒディンの護衛を同行させてくれた。そして、私達はランディ・キールへと出発した。始めの7人の戦士達が死んだ役所の残骸を見た。そして昨日の朝7人が戦死した宿も。その宿であった瓦礫となった民家には「無」(nothing) の小さな破片があった。小型爆弾の尻尾だった。「地表攻撃ミサイルAGM114」と232687の連番の文字が刻まれていた。わらぶき屋根の残骸に半分程埋まっていた。
そこではファジル・カリームとその兄弟、マホモール・グーラブ、その甥、ハシズ・ウラーの3人が死んだ。
「彼等は家族だった。ごく普通の。」
一緒にいた現地の長老、ハジ・モハッメド・ナジールが言った。
「彼等はテロリストじゃなかった。テロリストは向こうの山の中だ。」
私達は続いてホワイトマウンテンの方へ向かって進んだ。そこでは何百というアルカイダのメンバーと恐らくウサマ・ビンラディン自身もトラボラの洞くつに隠れている。
Bー52が空高く飛んでいた。谷間からもくもくとした黒い煙りが上っているのが見えた。あそこでは確かに何かが起きている。そして、私達は廃虚と化したカマアドに到着した。
哀愁のこもった残骸の中にひとつだけ困った物を見つけた。弾丸ベルトのついた古い革製のホルスターだ。あの晩アルカイダのメンバーの何人かがここで一夜を過ごし、それを知った米軍が狙ったというのも考えられる。
しかし、22年間も内戦が続いているのだから、アフガニスタンのどの家庭にも軍の遺物はあるだろう。それに村人はここ2週間はアラブ人もタリバン兵士も誓って見ていないと言っている。確かに新しい40の墓穴をうめるだけのテロリストはいなかったはずだ。誰かが教えてくれた。墓穴に入っている死体のいくつかは完全なものではなく、体の一部分だけのもあるそうだ。
この「何も起こらなかった」村では白人は怒りで迎えらるだろうと警告を受けて来たが、そこで私の出会ったものは、絶望と困惑だった。私は恐い思いをした時が一度だけあった。米軍のBー52が頭上を飛んで来た時だ。私達は列を止め、車から這い出て両側の原野に急いで散った。機体はゆっくりと旋回した。私は電子の目が、その道を走っていた唯一の車だった自分達を見ているということを意識していた。そして、皆の安心したことに、その爆撃機は進路を変えて飛び去っていった。
街を出る前、ジャララバードのアメリカ人の同僚がペンタゴンに電話して、私達が「何も起こらなかった」村まで行くことを知らせておいたのだ。もしあの電話がなかったら、この鏡の中の世界にいる時、B−52は私達の車に何をしただろうかと思わずにはいられない。おそらく私にも「何も起こらなかった」のだろう。
これは メッセージ 127512 (etranger3_01 さん)への返信です.
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