対米全面テロ

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アメリカの前科・トンキン湾事件

投稿者: alchemist777777 投稿日時: 2001/12/15 07:38 投稿番号: [125357 / 177456]
政治にウソや誇張を含む宣伝はつきもの。これは常識である。世論に敏感なアメリカの政界では、特に宣伝に意が凝らされる。そもそもベトナム戦争の発端となったトンキン湾事件からして捏造だったことがあきらかになっているし、比較的最近では、ペルシャ湾岸戦争の直前にどこからともなくあらわれたクウェート人少女(後にクウェート大使の娘であることが露見)がイラク兵士の「残虐行為」を語り、反イラクの方向に国際世論を誘導した。

どういうタイミングでそういう宣伝/世論操作が行なわれるかというと、上記の二つの事例も含め新しい作戦を開始しようという時(あるいは作戦の継続中)が圧倒的に多い。

1964年8月のトンキン湾事件を契機に米国の北ベトナム爆撃が本格化する。中国政府は、事件が米国による「徹頭徹尾の捏造」であり、自作自演にして「正真正銘のウソ」と罵倒する。この種の非難を耳にすると、分別ある者は、つい偏向したプロパガンダであり、アメリカの公式発表の方が事実に近いと感じてしまうかもしれない。だが、これは米国がジョンソン大統領の下で戦後史最大の誤りに陥る瞬間であり、中国の非難が実は正しかったのである。

旧宗主国フランスの退潮のあとを受け継いでインドシナ半島を支配し、共産主義勢力の拡大を阻止しようとしていたアメリカは、1955年のジュネーブ協定に調印せず、ベトナムの南部にゴー・ジン・ジェム政権を擁立した。アメリカは、南ベトナムのバオ・ダイ政権、その崩壊後にはゴ・ディン・ディエム政権を支持し、北はベトナム共産党のホー・チ・ミン率いるベトナム民主共和国、南は反政府軍である南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)を打倒しようと目論んでいた。

1964年8月、トンキン湾の北ベトナム沖で、巡回中の米駆逐艦マドックス号が二度にわたり北ベトナム艦の攻撃を受けたという報告があった。これが「トンキン湾事件」である。テレビ放送で時の大統領ジョンソンは、「いわれのない」攻撃に対して合衆国は報復せざるを得ないと宣言した。それから直ちに議会を開き、「合衆国軍隊に対する攻撃を退け、さらなる侵略を食い止めるために必要なあらゆる手段をとる」権限を大統領に与える決議が圧倒的多数で可決された(下院で466対0、上院で88対2)。
 
いよいよ1965年3月に北ベトナムへの本格介入が始まる。ジョンソンは北緯17度線以北をジェット戦闘機によって恒常的に爆撃する計画、「ローリング・サンダー作戦」を開始した(この北爆による爆弾の投下は戦争終結まで続き、その総量はアメリカが第二次大戦で使用したものを上回った)。同年7月には米軍兵を南ベトナムに大量派遣した(69年には最大の54万3000人)。少しでも敵に友好的な態度を見せた村を焼き払い、森林に隠れたベトコンを見つけるために化学枯葉剤を大量に散布した。

しかし、後になって分かったことだが、トンキン湾事件はその数ヶ月前からアメリカ軍と南ベトナム政府軍によって計画され、そして捏造されたものだった。さらに泥沼化する戦争に対して議会は、正式な宣戦布告を認めようとはしなかったにもかかわらず、大統領にあのような権限、戦争拡大の白紙委任を与えてしまったことを悔悟するが、それも後の祭りであった。

(当時の国防長官マクナマラがのちに『回顧録』で、この事件の直後に議会で採択された「トンキン湾決議」が全くの誤りであったと、8月4日の第2回目の攻撃はなかったと認め、また、「トンキン湾決議」によって与えられた権限を大統領は極端に濫用したのであり、「ジョンソン大統領と、その下で働いた我々は、間違っていたのです」と書いている。)

http://www1.doshisha.ac.jp/~syamada/work/chronologicaltable/chronologicaltable.htm

http://www.jca.ax.apc.org/~yyoffice/20seikikan.htm
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