横レス>人種と民族の混同
投稿者: gegendenkrieg 投稿日時: 2001/11/23 14:44 投稿番号: [118965 / 177456]
横レスですが、メッセージ「118857」と「118875」に関して少しだけ。
人種概念と民族概念の混同が非常に危険な作用をもたらした例としてナチを挙げられるのはわかるのですが、ナチだけがこのような混同を起こしていたわけではないんですよね。「ヒトラーとその共犯者たちが、狂信的な人種意識にとりつかれ、“最終的解決”を実行に移した」とか「“中世の野蛮”が突如、近代社会に発ち現れた」と考えがちですが、19世紀末から20世紀初頭にかけて、30以上の国々に同様の思想がありました。(もちろん、ナチほどこの思想に基づいて行動を起こしたものは存在しませんでしたが・・・)
で、私が思うのは、「まさに
> とりあえず言えることは、「人種」というのは「生物学的な概念」であって、
> 遺伝子に規定され決定されるものであるということ。こちらの定義は簡単です。
という定義こそが危険なのではないか?」ということです。というのも、当時、本気で「精神分裂や重度のアルコール中毒は遺伝子によって規定され決定される」などと考えられていたのです。今でこそ「アルコール中毒が遺伝する」なんて考える人はいませんが、当時はまさにこれが“科学”だったのです。ナチはこの思想に独自の人種観を注入し、利用しただけ。当時の思想からすると、決して逸脱したものではなかった。ユダヤ人は、「永遠にさすらうユダヤ人(der Ewige Jude)」から「病んだ遺伝子を撒き散らすユダヤ人(der juedische Bazillus)」と再定義され、差別の対象となったのです。(ちなみに、ナチの迫害の対象はユダヤ人だけでなく、シンティ・ロマ(ジプシー)、同性愛者、売春婦、障害者、「労働忌避者」、反抗的な青少年なども含まれました。)
というわけで、人種を定義しようとする限り、問題がつきまとうように思われるのです。ひょっとすると、今、“科学的に証明された”と考えられている人種の定義でさえ、百年後の人々には「とんでもなく“非科学的な”もの」と映るかもしれないですしね。
あと、
> 民族という概念は「個人的嗜好」という分散・多様の極端と、「国民」という仮想・抽象の極端との間の
> 「どこか」で線を引いてまとめられたものでしかありません。その線、境界は非常に曖昧です。
という部分についてですが、「『個人的嗜好』と『国民』との間」という表現は誤解を招くかもしれないですね。民族は「国民」という枠組みを超えて存在し得るものですから・・・
人種概念と民族概念の混同が非常に危険な作用をもたらした例としてナチを挙げられるのはわかるのですが、ナチだけがこのような混同を起こしていたわけではないんですよね。「ヒトラーとその共犯者たちが、狂信的な人種意識にとりつかれ、“最終的解決”を実行に移した」とか「“中世の野蛮”が突如、近代社会に発ち現れた」と考えがちですが、19世紀末から20世紀初頭にかけて、30以上の国々に同様の思想がありました。(もちろん、ナチほどこの思想に基づいて行動を起こしたものは存在しませんでしたが・・・)
で、私が思うのは、「まさに
> とりあえず言えることは、「人種」というのは「生物学的な概念」であって、
> 遺伝子に規定され決定されるものであるということ。こちらの定義は簡単です。
という定義こそが危険なのではないか?」ということです。というのも、当時、本気で「精神分裂や重度のアルコール中毒は遺伝子によって規定され決定される」などと考えられていたのです。今でこそ「アルコール中毒が遺伝する」なんて考える人はいませんが、当時はまさにこれが“科学”だったのです。ナチはこの思想に独自の人種観を注入し、利用しただけ。当時の思想からすると、決して逸脱したものではなかった。ユダヤ人は、「永遠にさすらうユダヤ人(der Ewige Jude)」から「病んだ遺伝子を撒き散らすユダヤ人(der juedische Bazillus)」と再定義され、差別の対象となったのです。(ちなみに、ナチの迫害の対象はユダヤ人だけでなく、シンティ・ロマ(ジプシー)、同性愛者、売春婦、障害者、「労働忌避者」、反抗的な青少年なども含まれました。)
というわけで、人種を定義しようとする限り、問題がつきまとうように思われるのです。ひょっとすると、今、“科学的に証明された”と考えられている人種の定義でさえ、百年後の人々には「とんでもなく“非科学的な”もの」と映るかもしれないですしね。
あと、
> 民族という概念は「個人的嗜好」という分散・多様の極端と、「国民」という仮想・抽象の極端との間の
> 「どこか」で線を引いてまとめられたものでしかありません。その線、境界は非常に曖昧です。
という部分についてですが、「『個人的嗜好』と『国民』との間」という表現は誤解を招くかもしれないですね。民族は「国民」という枠組みを超えて存在し得るものですから・・・
これは メッセージ 118875 (chao_zoo さん)への返信です.
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